風が運ぶもの
強風に煽られて運ばれてきたそれは一瞬で視界を真っ白に埋め尽くした。突然の出来事に声を上げることもできずにウールの柔らかい感触に揉まれる。
「ごめんなさい!大丈夫ですか…え、あ…原田さん?わ、ごめん、本当にごめん!」
「へ、あ、牧野くん…」
私の視界を覆っていたのは彼がいつも首に巻いていた白の大判のマフラー。ゆるく一巻きするその結び方が彼のスタイルの良さを助長させていて素敵だなと度々目で追いかけていたが、実際に彼と話すのは今日がほぼ初めてだ。いつも何かと騒いでふざけてしまう私と、物静かでいつもみんなの話をニコニコと聞く彼とは少しだけ住む世界が違ったから。
高校一年生も終わりを告げ、クラスが変わってしまう前に打ち上げでもしようと仲の良い子たちと企画を立てて、駅から歩いて少しのところにある焼肉屋さんを予約していた。集合時間の三十分も前に着いてしまったから適当に時間を潰そうと近くの海沿いの散歩コースを歩いていたら同じく早くに着いていた彼のマフラーが海風で私の元に飛ばされてきたのだ。なんという偶然。
「私は大丈……え、あ!ごめん、これ、ごめんなさい…」
白のマフラーに唇の輪郭を残すくらいべったりと自分のグロスがついていた。やってしまった。今日の打ち上げに浮かれて新しい真っ赤なグロスをつけてきたせいだ。母にも姉にも、なんなら買い物に付き合ってくれた中学の友達にも「ちょっと色濃すぎじゃない?」なんて馬鹿にされていたが自分では気に入っていたそのグロス。この色がかわいいからとろくにティッシュオフもせずに来たことを悔やんだ。どうしようと顔が青ざめた自分に対してマフラーを見た彼は優しく笑った。
「あぁ…!こんなの洗濯すれば取れるでしょー。それよりごめんね。綺麗なお化粧崩しちゃって。」
「あの時さー、本当に焦ったわ。マフラー飛ばしちゃったと思ったら相手があの原田樹里でさー!絶対怒られるって思ったから。」
「はぁ?私のことどんなイメージだったの!ひどーい。」
「だって樹里ちゃん派手だったし、クラスでも目立ってたもん。自分とは住む世界違うなーって。でもさ、あの時、マフラーにリップついちゃって顔真っ青にして謝ってきたのがなんかイメージと違ってかわいくってさ。そこで好きになっちゃったんだよね。」
もう風に飛ばさないようにと、前にプレゼントした黒のマフラーをきつく結びながら楽しそうに話す彼を見て思わず口角が上がった。
3/7/2025, 4:25:01 AM