貝殻

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「遠くへ行きたい」

どこか、遠くへ行きたい。
そんな陳腐な台詞を口にしてしまうのは恥ずかしいから、ふ、と息を短く吐き出すにとどめる。
こんな気持ちになってしまうのは、初めてではなかったはずだ。
ふとした時に思い出すあの頃。遠くに行っても、決して消えることのないであろう、傷。
はあ、と今度は大きく息を吐く。遠くに行けても、何も変わらない。
あの、吐き気が込み上げる男の下品なそれの味も、唯一の存在と言ってもよかった幼馴染からの裏切りと嘲笑の味も、何も変わらないというのに。
それでも、どうしようもなく、遠くへ行きたい。
そう、変わらないのなら、せめて。

7/3/2025, 1:54:17 PM