John Doe(短編小説)

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グラーフ・ツェッペリン


貴方は、かつて世界中を熱狂させた飛行船を知っているだろうか。

1929年8月15日、『伯爵』と名付けられたその巨大な飛行船は、20名の乗客と、40名の乗組員を乗せて世界一周をする旅に踏み出した。
ドイツ生まれの白い鯨ははるか極東のこの日本にもやって来た。
その鯨はとても美しかった。
その鯨は世界中の人々に愛されていた。

かつて、飛行船は戦争において恐怖の対象だった。
かつて、飛行船は街や都市を破壊するために作られた兵器だった。

彼女は、この世界をどう見ていただろう。
人は翼を持たないから、未知なる空へ憧れを抱く。
その形はやがて飛行機となり、飛行船となり、効率良く人を殺傷するために洗練された形になる。
つまり、兵器となる。

飛行機や飛行船は、それを望んでいただろうか?
誰かを傷つけるために生まれてきたかったのだろうか?
鯨の伯爵は幸せだ。たくさんの人々を運び、ただ、少しの汚れもない空を泳ぎ続けたのだから。

親戚であるヒンデンブルク号が爆発事故を起こすまで、彼女は懸命に働いた。
彼女の最期は、再び始まった戦争により、身体をバラバラに解体され、骨となる金属の部品を兵器に転用されたものだった。

僕は思う。
彼女ほど、美しく儚い生涯はないだろうと。

7/29/2023, 12:11:31 AM