燈火

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【誰か】


絵を描くことが好き。話を想像することが好き。
だから将来は漫画家になりたいと思っていた。
SNSに投稿したり、新人賞に応募したり。
そのうち話題になって雑誌への掲載が決まった。

あまりに順調で、正直、調子に乗っていた。
学生のうちにデビューできるなんて天才では?
爆発的に人気になってアニメ化されるかも。
期待に胸を膨らませていたが、現実はそう甘くない。

拙い処女作に寄せられたのは批判ばかりだった。
子どもの落書き。つまらない展開。時間の無駄。
匿名の冷たい刃が僕の心を抉る。
大好きな描くことが怖くてたまらなくなった。

ペンを持つと手が震えて直線すら引けない。
あまりに情けなくて、思わず乾いた笑いがこぼれた。
苦しみながら描くほどの価値が僕の漫画にあるのか。
そんな失意の中、編集部から転送された一通の手紙。

拙い処女作に寄せられたのは批判だけではなかった。
感情がわかる、面白かった、続きが待ち遠しい。
匿名の温かい声が僕の心を満たす。
大好きな描くことを恐れる理由はなくなった。

その後、緩やかに人気が出て有名な作品も生まれた。
数え切れないほど多くのファンレターを貰った。
だけど、初めて貰った相手はやはり特別だ。
送り主の名前がなくても筆跡でその人だとわかる。

いや、筆跡だけで個人を特定するのは変態っぽいな。
読み返しながら、ちょっと複雑な気持ちになった。
来月のサイン会に思いを馳せる。楽しみだ。
顔も名前も知らない恩人は来てくれるだろうか。

10/3/2025, 6:00:00 PM