んん〜……
目は覚めているものの、私は布団から出られずにいた。
あと少ししたら、父が起こしにくるだろう。学校に遅刻してしまうからだ。でも、なんだか今日は気が重い。
体の調子が悪いわけではないのに、起き上がることができない。心が足を引っ張っているようだ。
予想通り、父がドアをノックする音がした。
「煌時、入るよ」
私は返事をせず、頭の先まで布団を被った。
「起きてるか?」
「……うん」
「具合でも悪い?」
「うん……」
「体温計持ってくるから、ちょっと待ってなさい」
熱などないことは自覚しているが、大人しく脇に挟む。案の定、平熱が表示されたまま計測終了の電子音が鳴った。
「うむ、熱はないな。学校はどうする?」
「……ぃきたくない、です」
「ふむ、わかった。欠席の連絡するから、寝てなさい」
父は私を無理矢理起こして学校に行かせたりはしない。それはわかっていても、やはりこの瞬間は緊張するものだ。
ドアが閉じられた音にホッとして、私は再び目を閉じた。
「おや、昨日はお休みしたんですか」
昨日のページが白紙なのを見て、先生が聞いてきた。予想はしていたが、どうにも心拍数が上がる。
「もう大丈夫なの?」
「はい、えっと、熱とかはなくて……」
私が言い淀んだからか、先生はすぐに気づいたらしい。
「なるほど、心の不調かな」
黙って頷く私。『心の不調』という言葉が、妙にしっくりきた。
「良いことです。心の健康は目に見えない分、軽視されがちだから」
「心の健康……」
「そう。心だって怪我したり、風邪を引いたりするものです」
「先生もですか?」
「もちろん」
私は先生の笑顔にひどく安心した。
「壊れてしまう前に休んだり、逃げたりすることは決して恥ではない。生きるための立派な戦略です」
「はい!」
私の奥に渦巻いていた罪悪感が、先生の言葉に押し流されていく。先生は私の頭を撫でたあと、小さく息を吐いて続けた。
「ただ、人生で一度は、どんなに嫌でも戦わなくてはならないことがある」
「え〜……いつですか?」
「それは人それぞれ。目の前の戦いから逃げていいのか駄目なのか、駄目ならどう戦えばいいのか。君達は今、それを学んでいるんです」
「はぁ」
なんだかわかるようなわからないような。そんな私の気持ちを察したのか、先生は話を切り上げて授業を始めた。
心の健康、戦う、休む、逃げる……
先生はもう、経験したのだろうか? 逃げてはいけない戦いというものを。それはどんな戦いで、どうやって戦ったの? 結果は?
先生の綺麗な横顔を一生懸命見つめてみても、答えは見つからなかった。
私にできるんだろうか? 自分の心の健康を度外視して戦うことなんて。正直、不安でしかない。
でも、と私は思う。
先生のためなら、きっと……
「煌時くん」
先生の唇が私の名前をかたどった。我に返る。
「はいっ?」
「聞いてますか?」
「……すみません」
私は素直に白状して鉛筆を握り直した。
テーマ「心の健康」
8/13/2024, 12:22:00 PM