凍てつく空気の中で、いつも部活に勤しむ彼を見つめていた。放課後の部室で窓側を陣取り、こっそりと風景を描くフリをして君の背中を追っている。
コンクールに向けて描くように言われていたが、私はモチーフが決まらなくてそれを決める為にも風景や花などをデッサンして構想を練っていた。
それでも全く決まらなくて、その理由は何かと考えた時にある事に気付き⋯⋯そこから自身が知らず知らずの内に恋していた事に気付く。我ながら鈍すぎると失笑したが、これに気付いてからなぜ構想が決まらないのかも見えてきた。
絵の構想を考えていると彼が頭の中にちらついて、集中できなくなるのだ。困った事にこれは授業中や友人の話を聞いている時にも起こり、正直日常生活に支障をきたすレベルであると自覚する。
事は急を要し事態は深刻。しかし友人に話すのは、どこからこの想いが広まるか分からないため憚られた。そして私が出した結論が、近所に住むめちゃ可愛いくて優しいで有名なおばあちゃんのお多麻さん。
たまたま下校中に会えたので、少し話をした時にお多麻さんが「週末、家においで」と言ってくれたので、早速帰宅後にお母さんにその旨を話、翌日にお多麻さんが好きそうなお菓子を買いに行く。
そして週末まで何とか乗り切りお多麻さんのお家にお邪魔する。
その時に持ってきた手土産を渡したら、お多麻さんは喜んでくれてお茶と一緒に出してくれた。
そして私は今悩んでいる事を全て話した。
コンクールの絵の構想が思い浮かばなくて、その原因を模索してたら恋していた事に気付き、今現在⋯⋯何してても彼の事が頭にちらついて集中出来ないと。
話を聞いたお多麻さんは「あらあら、まあまあ!」と嬉しそうに聞いていた。
そして彼女は少し考えてからこう言ったのだ。
「頭から離れないなら、もういっそ彼を題材に絵を描いてみたら?」と。
青天の霹靂だった。まさに雷に打たれるような感覚に陥り、驚き固まっている私を他所に「お菓子(これ)美味しいわね! どこのかしら?」と呑気にお茶を飲みつつ私の持ってきたお菓子を食べている。
その発想は無かった。
そうか、いっそ頭から離れないなら彼を描いてしまえば良いのか!
そう思うと今まで湧いてこなかったインスピレーションが湯水のように湧き上がってくる。
ああでもない、でもこのモチーフは入れたい等など⋯⋯たくさんのアイディアと構想が思い浮かぶ。
その事を伝えお礼を言うとお多麻さんは嬉しそうに笑い「お役に立てたなら嬉しいわ。その絵が完成したらぜひ見せてね!」と言ってくれた。
その後は構想についても相談にのってもらった。終始楽しそうにでも私では思い付かない方法でモチーフを組み合わせたりして、とても面白く勉強にもなった。
あっという間に夕方になり家へと帰る。お多麻さんのお家から出る際にもう一度お礼を言い「お邪魔しました!」と伝えて帰宅した。
その後は夕食とお風呂を最速で終わらせて、お多麻さんと話して得た構想をスケッチブックに描いていく。
色鉛筆を使って軽く色の配色を決めつつ、塗るのはアクリル絵の具なので自分の想像通りに濡れるか少し検証して、その日は終わった。
翌日の休みは忘れていた課題を即終わらせて、昨日の続きをする。
概ね構想通りの色合いに出来たので、これを部活の時間にキャンバスに描いて行くことにした。
それから冬休み中に完成させて何とかコンクールには出せた。
その事をお多麻さんに伝えて、手元に帰ってきたら見せに行ってもいいか聞いたら即OKしてくれて「楽しみにしてるわね!」と笑顔で言ってくれる。
それから学校に飾る期間を経て戻ってくるのだが⋯⋯その時が一番大変だった。
なんと飾られた絵が原因で私の恋心がバレて、友人どころか学年中がその話で持ち切りになったのだ!
人のゴシップ―――特に恋愛には目敏くハイエナの如く齧りついてくるのが学生というものであると、忘れていた私がバカだった!
後悔先に立たず、覆水も盆には返らず。気持ちなんて1ミリも伝えようと思ってなかったのに、どうしようと頭を抱えながら過ごし何とか放課後を迎えられた。
部活を休むとその話が本当だったと、またきゃあきゃあ言われそうで嫌だし⋯⋯かと言って行ったら行ったで根掘り葉掘り尋問されるのも嫌だ!
途方に暮れながら、教室内でお気に入りの窓辺に佇み綺麗な冬茜を見つめていた時。
ふと、窓ガラスに薄っすらと彼が映った気がした。流石に幻だと思ってそのまま空を眺めていたら、急に後ろから抱きしめられて声を上げようとしたけど、出す事は出来なかった。
私の耳元で囁かれたその言葉に、頭が真っ白になって声なんて上げられなかったのだ。
私は熱くなった顔を隠すように、少し俯きながら目の前の窓ガラスに視線を向ける。
ガラスに薄っすらと映った彼の顔は真剣で、さっきの言葉が本気なのだと分かった。
私は精一杯の返事として頷くと、彼は私への拘束を解き向かい合う形にする。
そうして私が呆けている間に、唇に少しの違和感を覚え気付いたら彼の顔が目の前にありすぐに離れた。
その顔は焼けた空と同じ色をしていて、まるで空が溶け出して色をうつした様で―――とても綺麗だと思った。
5/20/2025, 1:55:47 PM