〈幸せとは〉
正月、親戚の集まりがうるさすぎて、私は自分の部屋に逃げている。
「女は勉強する必要はない」
「地元で働いて嫁に行けばいい」
毎年毎年、同じことばっかり言われる。だから今年も、できるだけ避けるようにしてる。
この地方はとにかく男女差が激しい。お年玉も格差つけられて、七つ下の弟は五千円なのに、私は五百円玉一枚だけ。
「女はどうせよそに嫁に行くから」という考えなんだろうか。
この地域はそういう風習なのかもしれないけど、同級生とも「ないよねー」「男尊女卑にもほどがある」って言い合ってる。
今年は挨拶だけしてさっさと部屋に逃げた。
ママはよその地区から嫁いできたせいか、お客さんの相手をしろとか無理強いはしない。
「かわいげないな、嫁のもらい手もないぞ。
上屋の穂南のように」
「女の幸せは嫁に行って子供を産むことだ」
大叔父(この人が特にひどい)が説教を始めそうになる。時代錯誤な酔っぱらいの相手はパパに任せた。
穂南ねえちゃんは二十二歳上の従姉だ。東京の国立大学に行って、大企業で働いてる。
パパは六人兄弟の末っ子で、一番上のお姉さんの子である穂南ねえちゃんとは二つしか違わないから、兄妹みたいだったらしい。
ママは穂南ねえちゃんと高校が一緒で、よく「パパも穂南ちゃんも、かっこよかったわよぉ」って昔の話をしてくれる。
『穂南ねえちゃん、今年は帰ってくるかな』
私はベッドに寝転がって、スマホで友達とメッセージのやりとりをしながら考えてた。
階下がなんだか騒がしくなって、酔っぱらった大叔父の大声がする。
そして、ドアをノックする音。
「相変わらずだよね、年寄りどもは」
穂南ねえちゃんが私の部屋に逃げてきた。
「穂南ねえちゃん!」
「千紗~、久しぶり」
飛び起きて抱きつく私を、穂南ねえちゃんは優しく抱き返してくれた。
それからカバンからおみやげを取り出す。穂南ねえちゃんはいつも、ちょっと大人っぽいものを選んでくれる。今年は小さな花のモチーフがついた、くすみピンクのカーディガンだ。
「わあ、かわいい!」
「背が伸びたねぇ、一年ってあっという間だ」
鏡の前で着せてもらう。後ろに立つ穂南ねえちゃんはスラリとしてて、ナチュラルなメイクがクールな顔立ちによく似合う。
かっこいいなあ。私もこんなふうになれたらいいのに。
階下から、穂南ねえちゃんを呼ぶ大叔父の怒鳴り声が聞こえる。
私は思わず身を縮めたけど、穂南ねえちゃんは涼しい顔で無視してる。
「やだねー、毎年言うことが一緒で。生意気だとか、結婚が女の幸せだとか」
穂南ねえちゃんは私のベッドに腰かけて、ため息をつく。私もその隣に座った。
「……幸せって何だろうね」
穂南ねえちゃんの肩にもたれながら、私は言う。
「結婚して子供産むだけが幸せじゃないと思うんだけど。
ママみたいに、お嫁に来てずっと畑仕事ばっかりでさ。朝から晩まで働いて、あれで本当に幸せなのかなって」
穂南ねえちゃんは少し考えるように黙ってから、苦笑した。
「私もあなたぐらいの時そう思ってた」
「でも、穂南ねえちゃんはすごく勉強頑張って東京行って、幸せになってるじゃん」
私は穂南ねえちゃんの顔を見上げる。
「幸せって、人それぞれだよ。
私から見れば、あなたのママはすごく幸せそうだよ」
穂南ねえちゃんは私の頭を撫でる。その手がとても温かい。
「初恋の人と結婚して、こんなかわいい子が生まれて」
「でも……」
納得いかなくて、私は口を尖らせる。
「千紗、あなたのパパとママがどんな仕事してるか知ってる?」
「え? パパは農業法人やってて、ママは……お惣菜とかスイーツ作って道の駅に卸してるけど」
「そう。あなたのパパはね、この地域の農業を変えようとしてるんだよ。
昔ながらのやり方じゃなくて、新しい農法を取り入れて効率よく働いている。
会社を興して働きやすい環境を作って、若い人も農業を続けられるようにって」
穂南ねえちゃんは窓の外の畑を見ながら続ける。
「あなたのママは、地域の農産物を使って新しい商品を開発してる。
それだけじゃない、若いお母さんたちが働く場も作っているんだよ」
「……そうなの?」
「そう。二人とも、この地での幸せを追ってるんだよ。
ただ黙って従ってるんじゃない。自分たちの手で、少しずつこの場所を変えようとしてる」
そんなふうに考えたことなかった。ただ忙しそうにしてるママしか見てなかった。
「あなたのママはね、私の恩人だよ」
穂南ねえちゃんは私の肩を抱き寄せる。
「高校の時、女が東京の大学なんて生意気だ、進路変えろって言われてくじけそうになった時にね。
励ましてくれたのはあなたのママだよ、千紗」
「ママが……?」
「うん。『自分で選んだ道なら、誰になんて言われても胸張ってすすもうよ』って」
穂南ねえちゃんは遠くを見るような目をする。
「それとね、ひとりで生きるのも結構大変だよ」
少し、寂しそうに笑った。
「東京での仕事は忙しいし、責任も重い。
家で待つ人もいないから、少し寂しいし」
それ以上詳しくは語らないけれど、その一言だけで「成功=楽で幸せ」じゃないってことが、私にも伝わってくる。
それでも穂南ねえちゃんは、少し笑って続ける。
「でもね、選んだのは私だから。
大変だけど、誰かのせいにしなくていいのは、悪くない」
その言葉に、私ははじめて、「穂南ねえちゃんみたいになる」じゃなくて「幸せの形は自分で選びたい」って思った。
「ねえちゃん」
「ん?」
「私、なりたい自分になれるかな」
穂南ねえちゃんは優しく微笑む。
「もちろん。あのね千紗」
穂南ねえちゃんは私の両手を取って、まっすぐ私の目を見つめる。
「もしあなたが望む未来を阻むようなことがあったら、いつでも相談して。
進学のこととか、どんなことでも。私がついてるから」
その目は真剣で、私は思わず息をのむ。
「でもね、あなたのパパとママは、あなたの幸せを阻むなんて絶対しないよ。
二人とも、あなたが自分で選んだ道を応援してくれる。私が保証する」
その言葉が、なぜかすごく嬉しかった。目の奥が熱くなる。
「うん、ありがとう」
私の声が少し震えてるのに気づいて、穂南ねえちゃんはもう一度私を抱きしめてくれた。
「おねえちゃん、穂南ちゃん、うるさいお客さんは帰ったからお茶にしようって」
弟の耕世(こうせい)が呼びに来た。
「帰った?やったー」
穂南ねえちゃんが子供のように喜びながら立ち上がる。
耕世がねえちゃんの足にまとわりつく。
「穂南ちゃん、東京駅でケーキ買ってきた?」
「買ってきたよ、こーちゃんの好きなチョコレートケーキ。チーズケーキもね」
私の好きなチーズケーキ。初めて食べた時、美味しすぎて喜んだことを覚えていてくれる。
階下から、ママがいれる紅茶の香りがただよってくる。
私は、ママに見せるために、穂南ねえちゃんからもらったカーディガンをはおった。
窓の外の空が、だんだん夕焼け色に染まっていく。長い一日が、ゆっくりと暮れていこうとしていた。
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topsのチョコケーキ食べたい……クルミが入っているのが佳き。
男女でお年玉差別あるの?と言われそうですが、うちの親戚はあからさまでした(
1/5/2026, 3:24:44 AM