「合言葉決めておこうよ!」
「合言葉?」
「そう!私たちだけの秘密基地に他の人は入らないように!二人だけの秘密の合言葉!」
小学生の頃、名前も知らない女の子と遊んでいた時期があった
どこの誰だかも知らない。学校も違う。
ただ年齢が一緒なこと。いつも同じぐちゃぐちゃの服を着ていること。運動が得意なこと。それだけ知っていた。
それだけしか知らなかったけど、僕は、彼女に惹かれていた。
半年ぐらいの間、毎週のように遊んでいた彼女はある日急に、秘密基地に来なくなった
彼女には、彼女の事情があるし、きっと急に引越しが決まったのかもしれない
それとも他に友達ができてそっちと遊ぶようになったのかもしれないし
いつも遅く帰ってくるというお母さんが早く帰ってこれるようになったのかもしれない
何にせよ、彼女が来なくなったという事実は変わらなかった
そこからだんだんと僕も秘密基地には行かなくなって
あの日決めた合言葉を使うこともなくなっていった
そこから十数年経ち、大人になった僕は
そんな秘密基地のことなんて忘れて普通の社会人としてありふれた毎日を過ごしていた
ある日、たまたま呼ばれた合コンで
たまたま隣の席になった女の子がいて、
たまたま帰り道が一緒だったから、
たまたま一緒に帰ることになった
二人きりの帰り道
初対面で話すこともないし、もう会うこともないだろうから
ふと思い出した子供の頃の話をした
半年間だけの、あの友達の話
初めの方は不思議そうに聞いていたみたいだけど、だんだんと彼女の表情が変わっていった
「...それで合言葉を決めたんだ。秘密基地に入るための合言葉」
「その合言葉が、「愛してる」」
「...え?」
彼女の声が、僕の声と重なった
僕とあの時の女の子しか知らないはずの合言葉
その合言葉が彼女の口から出た
「合言葉、愛してるでしょ?」
「なんで知って、?」
僕は、驚きの表情を隠せないまま彼女に問う
「その時の女の子、私だよ。合言葉を決めたのも、私」
思っても、みなかった事実に体が固まる
んだ、あの時、急に消えたのとか
なぜこの合言葉にしたのとか
聞きたいことがいっぱいあったはずなのに
いざ本人を目の前にすると、何一つ出てこない
「驚いた...よね?私も今話聞いてて、初めて知って」
「まさかこんなところで出会うなんて、元気してた?」
沈黙を破って、彼女が明るい声色で聞いてくる
それに返答できない僕を見かねて、彼女は言葉を続ける
「こんなの急に言われても困るよね。じゃあ...、私こっちだから...。...じゃあね。」
このままだと終わってしまう
また、きっと会えなくなる
何も聞けないまま、また彼女が僕の目の前からいなくなる
嫌だと思った瞬間、動かなかった体が弾かれるように動いた
遠ざかっていく彼女を追いかけて、腕を掴む
「あの!愛してる!」
突拍子もない意味もわからない
ただとっさにその言葉が口をついて出た
彼女が困惑した顔でこちらを見つめる
それはそうだ、こまるに決まってる...
落ち着いて、深呼吸して、それで...
「もうちょっとだけ、話しませんか...?」
お題:『愛言葉』
10/26/2024, 2:08:48 PM