わたあめ。

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冷たい。

ぺたぺたと、冷たい床を裸足で歩いていく。
周りは暗くて何も見えず、一体どこに向かって歩いているのか、皆目見当もつかない。

ただ、足を止めることは出来ず、ひたすらに歩き続けるしかなかった。


『さ、むい。』

ひんやりとした空気が体全体にまとわりつく。
長袖とはいえ寝巻き一枚にはさすがに厳しい寒さだった。

ガタガタと歯が震え、腕を組む。
少しでも暖を取ろうとするが、全く暖かくならない。
それでも何もしないよりはマシなため、肩を強ばらせながら腕を組んで進む。


ぺた、ぺた、


ひたすらに歩く。
周りが暗いのでどんな所にいるのかは分からないが、冷たい無機質な床があるという事は、きっと屋内なんだろう。

だが、いくら屋内とはいえ、空気が冷たすぎる。
外にいるのではないかと言うくらい寒い。

いや、屋内にいるのはあくまで仮定の話だし、本当は外なのでは?とも考えたが、外でこんな土でもアスファルトでもない無機質な床がある場所なんて存在するのだろうか、と悩み始める。


ぽわ、


悩み続けていると、横の方が明るくなったのを感じた。


『あれは、?』


横の方が明るくなっていく。

暗がりの中で明るい場所に行きたくなるのは、生き物の本能な気もするが、それ以前に直感的に、私が向かうべき場所は “あの場所” なんだと思った。

しかし、足は横ではなくまっすぐと進もうとする。
簡単に軌道修正が効かない。

徐々に遠ざかっていく明るい場所。

『ま、って。私、あそこに行きたい!!』

前へ進む足に抗って横に進もうとする。
だが、自分の足のはずなのに言う事を聞かず、進み続ける。

『お願い!!言うこと聞いてよ!!ね、ぇえ!!……わぁっ』

ドサッ

上半身だけ横に向けようとしていたため、バランスを崩し、倒れる。
だが足だけは前へ進もうとする。

明るかった場所は、もうだいぶ遠ざかってしまったせいか徐々に暗くなっていく。


『な、んで、』


ホロホロと、自分の目から涙が出る。

ポタリと床に落ち、這っている自身の手に落ちる。
その涙が少しだけ温かく感じた。
その事が余計に心細さを助長していく。


『ここは……どこなのよ……』

倒れているのに、前だけ進もうとする足。
悴んで感覚が麻痺しつつある指先。
冷たい空気の吸いすぎで、痛く赤くなっているであろう鼻。
全く出口の見えない場所。

もう、体力的にも精神的にも限界になりつつあった。


ふわぁ

この場所全体の空気が変わる。
冷たかったのが急に温かくなり、真っ暗だった場所が徐々に明るくなってきた。

先程見た明かりとは違い、大きく優しく包み込む感じ。温かさも相まって、安心感を強く感じた。


『あったかい……』


ホッとしたせいか、私はそこで、

意識を手放した。






ピッピッピ……

規則的な電子音に目を覚ます。

目を開けると白い天井が見え、カーテンらしきものが見えた。

そして電子音の正体……心電図も見える。

そう、ここは病院だ。


『びょ、う、いん、』

「!!」

周りを見ると人が一人、声でこちらに気づき目を大きく開けて顔をのぞきこんでいる。

「気がついたんだね?」

その人は嬉しそうに涙を目の縁に貯め、いそいそと立つ。

「待ってね!!先生呼んでくるから!!」

病院だと言うのに走って病室を出ていってしまった。
状況が上手く読み取れないまま、私は窓の方を見る。

カーテンが半分閉まっているが、窓が開いているからか、風になびき時折外が見える。
外は快晴で、青空が広がり、日差しが心地よい。

そして、あの時私を助けてくれた、やわらかい光とどこか似ていた。



数日経ち、体力等も戻りつつあると同時に記憶も戻ってきた。
私はどうやら事故に遭い、意識不明の重体だったらしい。

起きた時にいた相手は恋人で、どうやら毎日泊まり込みで面会に来ていたそうだ。
病院関係者の方々にはご迷惑をおかけした……と申し訳なさそうにしていた。

そんな彼とリハビリついでに外を散歩しながら、話すことも増えた。

「でも本当に気がついてくれて良かった。」

『ご心配をおかけしました。』

「一時危なかったんだ。心電図がピーって鳴って本当に死んじゃうんじゃないかって。」

『そう、なんだ。』

ふと、この前見ていた夢を思い出す。
もし最初の光の方に歩いていたら、どうなっていたのだろう。

もしかしたら、あの光は私をあちらの世界へ誘う光だったのかもしれない。
とても魅力的に見えて、あの光に向かう以外の選択肢を考えられなかったほど。

そう思うと、私の足がひたすらに前へ進もうとしたのは、生きようとしていたからかもしれない。

この足に負けてよかったな、と思いながら自身の足を撫でた。

「あ!喉乾いたよね。飲み物買ってくるけど何がいい?」

『じゃあ、お茶を。』

「了解。」

ニコッと爽やかな笑顔を見せながら、自販機のある方へ走っていく。

サワサワと風が吹く。
秋の手前と言えど、とても暖かい気候で、お散歩日和。

太陽も出て、暖かく、光もとてもやわらかかった。

私は、今日も生きていることに感謝している。


#やわらかな光

10/17/2023, 4:50:38 AM