NoName

Open App

3ヶ月前、祖母がインコを逃がしてしまった。

とても可愛いインコだった。おしゃべりが上手で、私や家族が教えた言葉は早い時は一日もしないうちに覚えて、ひたすら喋って、私達を喜ばそうとしてくれていた。家族が帰ってくるとカゴの中からすぐに近寄ってきてくれて、「おかえり」と喋ってくれた。

祖母は高齢で、少しの段差などでつまづいてしまうことも多かった。祖母とは家が近いのでそのインコを連れて毎日のように家を訪ねた。祖母はとても喜んでいた。祖母は昔からインコを買っており、インコがとても好きだ。インコと触れ合う時は赤ちゃんを見るような暖かい目でいつも優しく接していた。インコもまた祖母が大好きで、2人が触れ合っているその光景を切りとったものは写真では収まりきれないくらいの優しい光があり、絵になるくらい素敵だった。そのくらい、祖母はインコに癒され、インコは祖母に懐いていた。
だから高齢とはいえ、一日だけならいいかと世話を任せてしまった。

よく晴れた朝だった。雲がひとつもなかった。祖母はインコの名前を呼びながら、縁側でそのインコのかごの掃除をしてくれていた。
祖母の家にいた私はトイレから出て縁側に顔を出した時、祖母の蒼白した表情が一番最初に目に入った。次に目に入ったのは空になったかごと「逃げた!」と言う祖母の声。その瞬間私の心臓は口からとび出そうなくらい跳ねた。
その後のことは、よく覚えていない。
たしかパジャマのまま、縁側から裸足で飛び出したのかな。そしてひたすら近所を探し回って。青空をくまなく見たけど、あの子が飛ぶ姿はなかった。木の枝、家の屋根、洗濯物干しの竿、ブロック塀の上、一生懸命探したけれど、どこにもいなかった。探し疲れて道端で再び空を見上げた時、どこまでもきりのない青を見た時、この世界に私はひとりなんだという根拠のない喪失感に襲われた。
探すのを諦めて祖母と会った時、祖母は悲しそうに申し訳なさそうにしていた。
「ごめんね。」
「そんな、大丈夫だよ、おばあちゃんは悪くないよ」
自分の口から流れるようにそんな言葉が出た。
でも心の中は違った。私は祖母を憎んでいた。わざとでは無い。絶対に。分かっているのに、憎んでしまった。祖母は悪くないのだ。どうしようもなかった状況だったのだ。分かっている。なのに、「あんたのせいだ」そんな言葉が私の心のスペースを陣取っていた。隙間もないくらいに。

あれから3ヶ月。インコの保護情報も、目撃情報もない。心に少し重みはあるが、もう気にならない。祖母の家にも毎日行き、顔を出すようになり、とても仲がいい。

話は少し変わるが、8年前かな。祖母が昔、こんな話をしてくれた。
「私が若い頃に買っていた文鳥がね、一度逃げたんだけど、帰ってきたんだよ。夜に一応カゴの入口を開けっ放しにして外に置いていたら、次の朝なんの躊躇いもなくそこで休んでたんだよ。一晩飛び回って、疲れて、帰ってきたのかな。もうすごく嬉しかった。」
3ヶ月前インコを逃した時にも、そんな奇跡が起こるんじゃないかと、その子がいたかごを、入口を開けっ放しにして外に置いていた。今までの3ヶ月間ずっとそのかごをそのまま外に置いているけれど、そこに入っているあの子の姿は見ていない。
奇跡がもう一度起こるのなら、そこに入って、長旅で疲れたと何事もなかったかのように休んでいるあの子の姿が見たい。

10/2/2024, 10:55:49 AM