鳩鳥

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それまでの人生はとてもつまらないものでした。
家庭環境は良好で、交友関係も良好。
何一つ不自由のない人生とはこういう事を言うのでしょうね。
なのに私の心はいつも曇っておりました。
何をするにも晴れることはなく 何に対しても楽しむという事が出来ずにいました。
私のこれは所詮我儘でしかないのでしょう。
けれど、いつか私の心を晴らしてくれるような そんな人を探しておりました。
私が曇った心を持ち続け幾年かたった時の事です
大学時代の友人から紹介したい人がいると言われ、断る理由もなかった私は、試しに会ってみることにしたのです。
約束の場所へ向かうとそこには、大学時代より少し大人びた友人と、美しい人がおりました。
陶器のような肌と言うのでしょうか。
白く艶のある肌に、触れると柔そうな髪、長い睫毛の奥から覗く、黒く澄んだ宝石を思わせる煌めきを持つ瞳。
人を見て息を飲むのは初めてでした。
周りの通行人も彼女に目を奪われております。
その位美しい人だったのです。
友人曰く 私の話をしたらお友達になりたいと彼女から申し出たそうです。
その話をしている途中、彼女は恥じらうように目線をさ迷わせ微笑みます。その姿はなんと愛らしいことか。
はじめて感じる胸の高鳴りに私は二つ返事で彼女と友人になりました。

最初は普通に友人関係を続けておりました。
彼女の興味のある映画、彼女が好きな画家の絵画展、彼女の好きなカフェ。
色んな所に足を運びました。
行く先々で彼女が見せる色んな表情にきっと私は恋をしていたのでしょう。
友人関係が続いていたある日、彼女と街を歩いていると見知らぬ男が彼女に声をかけました。
男は酷く激昂しておりました。
隣にいる私がまるで見えていないかのように彼女に掴みかかります。
私が止めるのも聞かず遂に男は彼女の頬へ拳をふりました。
その時の光景はまるでスローモーションかのようにゆっくりとそしてハッキリと見え。
私はその時の彼女の表情をよく覚えています。
彼女は男に殴られ、笑っていたのです。
今まで見た愛らしい笑みではなく。妖艶であやしいけれど何処か嬉しそうな笑みでした。
男は彼女を殴った事に満足したのが足早に去っていきました。
その場に居るのは私と彼女の2人だけとなりました。
大丈夫か?と聞くと彼女は震えた声で大丈夫と言います。
私はそれが恐怖や悲しみからではなく悦びによるものだと理解しました。理解してしまいました。
そして、この時の私は何を思ったのか彼女の頬を叩きました。
皮膚と皮膚がぶつかる音がその場に響き そして静寂が訪れる。
彼女は目を丸くし数秒瞬きをして此方を見遣りそして。
あろう事か私にも”あの”笑みを向けてきたのです。
その時でしょうか。私の心にあかりが灯りました。
それは太陽のように暖かくもなければ真っ赤に燃える炎のように熱くもありません。
暗い部屋に一つだけ灯る小さな灯火のような物が私の心に灯りました。
この小さな火が心の灯火というのでしょうね。

その日から私と彼女の関係は崩れ果ててしまいました。
崩れ果てるなんて言い方は良くないのでしょうか。
ならば、180℃変わった。という言い方にします。
私は加虐者、彼女は被虐者となり
度々私は彼女に手を上げるようになりました。
手を上げるたびに彼女は今まで見た事ないような美しい笑みを浮かべるのです。
私の純粋だったであろう恋は汚れきってしまいました。
けれど、何処か嬉しく。
これ迄の人生で1番充実していたであろう日々でした。
その関係が幾年続いた日。
彼女に首を絞めて欲しいと懇願されました。
その時はまだ、少しばかりの道徳心があったのでしょうね、私は断りましたが。彼女がずっと懇願するのです。
恋しい彼女の頼みでも、あまりにも懇願されるので。
幾分しつこくなった私は何かが切れ彼女の首を絞めていました。
気付いた時には彼女の意識はなく、そこに居るのは美しい妖艶な笑みを携えた肉の塊でした。
あァ。彼女はもう居ないのだと理解した私は警察に連絡し、今に至る訳です。

……え? 反省をしていないのかって?

嫌ですね、していますよ。殺してしまうつもりはなかったのですから。
あぁ、けど死んだ事に感謝もしております。

彼女の美しいあの笑みを最期に見たのも最後にしたのも私なのですから。
あぁ、今あの笑みを思い出しても後悔より悦びが胸を支配するのです。


「私のこの心の灯火は死ぬ迄ずっと消えないのでしょうね。」

それはきっと素敵な事だと思いません?
思いませんか、残念です…

9/2/2022, 11:01:11 AM