しょめ。

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【⠀No.10 別れ際に 】


真夜中、熱の篭った真っ暗な室内に響くのは、肌と肌が
ぶつかる音と男女の甘い声、吐息だけ。
ふかふかしていて豪華なベッドの上で、男も女も満足するまで欲を吐き出す。
少し裕福な家庭で育った私は、タワーマンションの最上階に住んでいる。
お嬢様のような立ち振る舞いを何年も教わってきたから、家を出た今でも癖が抜けない。
そのせいなのか、私に好意を寄せてくれる男性は殆ど
いなかった。全員、カネ目当てだった。
だから私は出会いを求めて、裏垢を作り、男と会った。
彼は私にとって、少しだけ特別な存在になりつつある。
でも所詮はカラダの関係。

「ねえ、私たちって、何?」
「ただの発散相手」
「……そう、だよね」

当たり前のことなのに、そう言われると胸の奥が痛む。
この感情はなんなのだろう。

そんなことを考えながら、私が次会える日を聞こうとした時だった。

「俺、彼女できたからさ。もう会うのやめよ」

彼に触れようと伸ばした手は届かず、空気を掴んだ。
慣れた動きで風呂場に向かう彼の背中を、私はただ
見つめることしか出来ない。
扉が閉まってすぐに聞こえてくる聞きなれたシャワーの音が、今日はなぜだか体中に響いた。
5分も経たず上がってきた彼は、濡れた髪を気にせず身支度を始めると、玄関に私の部屋の合鍵を置いた。

「コレ、返すわ」

声が出なかった。

「あと、せめてものお礼。今までありがと」

私の方に何かを投げる彼。
それを私がしっかり受けとったことを確認すると、彼は今まで私に見せたことの無い幸せそうな顔で、スマホの待ち受け画面を眺めた。

「じゃ」

そんな短く素っ気ない言葉を残して、彼は部屋を去った。
さっき掴んだものをベッドに並べると出てきたのは、
1枚の硬貨と私が好きだと言ったキャラのキーホルダー
だった。

「ばか、なんで覚えてるのよ、」

何処から湧いてきたのか分からない涙が、シーツの上に
一粒落ちた。

彼が別れ際に私にくれたもの。
それは、彼と私の思い出の象徴と、

儚く苦い初恋だった。

9/29/2024, 10:02:11 AM