今日は久々の練習のない休みの日。史貴と有名なイルミネーションを観に行く約束をした瞳は待ち合わせ場所に急いで向かっていた。
約束の時間にはまだまだ余裕があるが、いつだって彼はそれより先に待っている。こんな寒い日に外で何十分も待たせるのは、さすがに申し訳ない。彼のことだから、好きで待っているのだから気にしなくていいと言うのだろうけれど。
待ち合わせの場所は駅前広場の銅像の前。どこぞの犬の像みたいに、ここら辺に住む人間にはメジャーな待ち合わせ場所だ。
「史ちゃん!」
銅像の台に凭れかかって、文庫本を開いている青年に向かって瞳は声を張り上げた。
呼ばれた青年はゆっくりと顔を上げて、こちらを向く。瞳の姿を認めて、輝くような満面の笑みを浮かべた。
文庫本を閉じると、トトトと軽やかにこちらに走ってくる。
「おはよう、瞳」
「ええ、おはよう」にこりと微笑んで瞳は答えると、すぐに眉を八の字にした。「待たせて、ごめんなさい」
「さっき来たところで、そんなに待ってないよ」
予想通りの答えが返ってくる。瞳はくすりと小さく笑った。
「嘘、頬っぺが赤くなっているわ」
彼女がそう返すと、彼ははにかんだ。
「楽しみだったから、落ち着かなくってさ。待つのは好きだから、気にしないで」
むうと瞳は唇を尖らせた。
「史ちゃんと約束すると、時間より早く来ても、それよりももっと早く来ているのだもの。どうせなら、中で時間を潰してくれていたらいいのに」
「入れ違いで瞳を待たせるかもしれないだろ」
「そんなの……別にいつも待たせてるのだから、構わないわよ」
「俺が構うの!」
ぶんぶんと首を横に振って、彼は軽い笑い声を上げた。瞳は彼をじっと見つめた。急に黙った彼女に気づいた彼は、不思議そうに彼女を見やった。ぱちりと目が合ったとき、彼の顔が別の意味で朱色に染まる。
その姿を見て、瞳は敵わないなあと息をつく。彼の手を取ると、引っ張って歩き出した。すっかり冷え切っているから、口で言う以上の時間を外で待っていたのだろう。小さな頃は同じくらいだったのに、いつの間にか自分の手よりずっと大きい。
「あ、俺の手、冷たいから……」
彼女に引きずられるように歩き出した彼がそう言ったとき、瞳は彼の手をぎゅっと握り締めると振り向いた。
「あのね、史ちゃん。わたしのこと、あんまり甘やかしちゃ駄目。こうしたら、ちょっとぐらいあったかいでしょ」
顔を赤くした瞳はつんとして、そう言い放った。彼ははにかむと彼女の手を握り返す。
12/15/2023, 8:56:45 PM