「今一番欲しいものが
手に入る人生だったらよかったのにね」
心の底から
しまった
と頭を抱えたくなった
そうしなかったのは
目を伏せている間、
たとえ1秒でも目を離したら
今にも目の前から消えそうな表情をしていたからだ
「ごめん、安易な発言だった」
「別にいい、今一番欲しいものあるよ。聞きたい?」
「いいよ言わなくて
無神経だった、本当にごめん」
「1番欲しいものはね」
私の想いと裏腹に
ピンク色の唇が動く
それは思った通りの形へ
「……」
「そんな死にそうな顔しないで
死ぬのはこっちだよ」
慌てて顔を上げると
絶望的に美しい笑みが視界に飛び込んでくる
「ごめんね、好きになって、ごめん」
その声は震えていた
彼女の三日月型の瞳が伏す
その眼差しは私の左手の薬指へと
いたたまれなくなって
私は口を開いた
「もし、何か困ったことがあったら、言って
いつでも力になるから」
「……今私お金に困っててさ、
何か金目になるものくれない?その指輪とか」
「あ…………」
その間たった数秒
明らかに何かが終わりを迎えたのが
鈍い私にもよくわかった
わかってしまった
「ありがとう
もう二度と会いません
私以外の人間と、どうかお幸せに」
彼女の茶色の長い髪がふわりと舞う
遠ざかっていく
細身の背中を見つめていれば
今にも彼女の穏やかで甘い香りが鼻腔に香ってくるようだ
だがもうあの香りを嗅ぐことは二度とない
私はその事実を受け止めたくなくて、
ぬるくなったコーヒーが
冷め切るまで延々と見つめていた
7/21/2023, 1:10:19 PM