今日のテーマ
《月に願いを》
「知ってる? お月さまに願いごとを紙に書くと、その願いが叶うんだって」
「流れ星じゃなくてお月さまなの?」
「うん、お母さんが言ってた」
「紙に書くだけでいいの?」
「書くだけでいいけど、書き方にコツがあるんだって」
彼は得意そうな、でもどこか真剣な目をして、お母さんから教わったというおまじないを丁寧に教えてくれた。
半信半疑だったわたしも、だんだんつられて真剣になってきて、彼の話を忘れないようにメモ帳に記す。
新月の日に行うこと。
書く願いごとは叶えるための意思表示であること。
願いごとは複数、十個以内で書くこと。
満月の日には叶った感謝を書くこと。
「ほんとにこれで願いが叶うの?」
「うん……ぼくは、そう信じてる」
「願いごと、叶ったの?」
あまりに神妙な顔で言うものだから、わたしは好奇心に駆られて聞いてしまう。
彼は少し迷うように視線を落とし、微かに頷いた。
「半分くらい、叶ったと思う」
「そうなんだ! すごいね!」
「でも、まだ完全じゃなくて……」
「そっか、じゃあちゃんと完全に叶うといいね」
こんなに真剣に願ってることなら、ちゃんと全部叶ってほしい。
願いごとを書くために必要なのは叶えるための意思表示。
それならわたしも少しは手伝えるかもしれない。
だって、彼には願いごとを叶えてほしい。
だからわたしは自分の願いごとの内の1つを彼のために使うことにした。
宿題を忘れて怒られないようにとか、お小遣いが上がるようお母さんのお手伝いを頑張るとか。
お兄ちゃんと喧嘩しても泣かないとか、欲しいゲームを買ってもらうとか。
他人から見たら他愛ない、だけどわたしにとっては切実な願いごと。
その沢山の願いの最後に記したのは「彼のねがいごとのおてつだいをしてよろこんだかおを見る」。
他の願いごとよりよほど丁寧に記したのは、幼い恋心の為せる業だった。
子供の頃、わたしはささやかな魔法を教わった。
魔法というのは大袈裟かもしれない。
願いが叶えるためのおまじないのようなもの。
叶うか叶わないかはさして重要ではない。
その思い出そのものが、わたしにとっては何よりの宝物。
今わたしの隣で笑う彼の笑顔と共に、大事な大事な宝物なのだ。
5/27/2023, 3:08:19 AM