疲れているのに全速力で走って来るとは思いもしなかった。
「まずは…っ、これ…、はぁ…」
ぜぇ、はぁと呼吸を整えながら、台風にでもあったと言いたげな小振りな花たちを渡されて花瓶に生けた。
彼を椅子に座らせて呼吸も穏やかになったところで、紅茶と私の想いをお皿に乗せて運んでいくと、食卓に飾った花が元気を取り戻し、本来の色を、部屋を明るく見せ始めている。
「紅茶をどうぞ」
ウェイトレス気取りで湯気のたつ紅茶を渡し「いつもありがとう」と日頃の感謝を込めチョコケーキを並べた。
「こちらこそ。いつも君のお陰で幸せだよ。ありがとう」
慣れた手付きで私の髪を耳にかけ、彼の整った顔を眺めているとシャラと金属が擦れウィンドチャイムのような軽やかな音がした。私は今日、アクセサリーを付けてはいない。
「?」
「うん、よく似合う」
自分の見立てに狂いはない、自信たっぷりに彼が微笑んでいた。彼の手を覆うように触れるといつの間にか髪飾りが。手触りから予想するに繊細で複雑そうな物。モチーフは花っぽい…かも?彼からの贈り物だ。
「これじゃ貰った私が見えないけど…?」
「付けたところを早く見たくて、外した後でゆっくり眺めてくれよ。」
ケーキを崩さないようにフォークをゆっくり動かして、
「一日中君が作ってくれたケーキのことで頭がいっぱいでさ。なんでひと口食べてこなかったんだろう…!って。やっと食べられる」
ゆっくり過ごすはずが急な仕事でスケジュールが狂い、名残惜しげにちらと覗いた箱の中身。ご褒美に相応しく、頭から離れなかった。
ケーキを刺して口を開ける。ひとりで食べるには少し大きいチョコケーキのはずだけど仕事で疲れてお腹を空かせた彼にはちょうどよかったみたい。
「ほろ苦いチョコケーキだ。すごくきれいに作ってくれたんだね」
ひと口いれてまたひと口。美味しい、おいしい。と夢中で食べてみるみる減っていく。苦いと顔をしかめられなくてよかった…!と私は胸を撫で下ろしていた。
大きなハートもペロリと平らげた彼の口の端にクリームが付いてる教えると見当違いな場所を拭う。
「全然違うってば」
「ん、どこだろう…。とってもらえる?」
「子どもみたい」
くすりと笑みを溢してちょこっと拭えば手首を掴まれ
「子どもはわざとクリームを付けて君の気を引いたりしないよ」
後頭部を引き寄せられてほろ苦いチョコの味。くちが離れるころには独特な苦味は消え失せ、ただただ甘い。
とてもあまくて、ビターチョコで正解だったと過去の私に拍手を贈って彼に抱き付いた。
耳もとで「ハッピー『バレンタイン』」と囁くと、大好きな優しい声色が、私の鼓膜をゆらしてとけた。
(三日連続でお題を繋げて書くなんて思ってもみませんでした…!)
2/15/2023, 9:20:05 AM