かたいなか

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「5月8日のお題が、たしか『一年後』だった」
1年前の6月17日って、俺、何してたっけ。去年の行動内容をスマホに溜め込んだ写真やスクリーンショットに求めようとした某所在住物書き。
サ終したアプリや消し飛んだ課金額に思いが動いて切なくなり、過去発掘は5分で終了した。
「『今日から数えて』1年前だったら、2023年6月17日のハナシだが、『〇〇を実行する』1年前、とかならずっと昔のハナシも書けるんよな」
たとえば「ガチャ爆死する1年前」とか。「大量課金する1年前」とか。……とか。
「……あれ。おかしいな。涙が止まらねぇや」
その日物書きが金銭の話をすることは以降無かった。

――――――

6月半ばの都内某所。夜のあるアパートの一室。
人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、茶香炉焚いたぼっちの部屋で、スマホの画面をじっと見て、ため息をついている。
画面には、数十分前に実家から送られてきた、故郷近隣の祭風景。シャッター街と、さして人の入らぬ観光施設が、かつての賑わいを吹き返す数時間。
1年前より更に数の増えた感がある、露店と、見物客と、なによりおそらく、祭参加者の笑顔であった。
これが終わって、ようやく捻くれ者の故郷の春は完全に終わり、初夏が来る。
東京より短い夏が。風吹き花爆ぜる夏が。

捻くれ者は、職場の後輩にその画像を、ようやく届いた故郷の初夏を、共有しようと画策して、
送るメッセージを編集し終えた直前に、悲しき思い出に待ったをかけられ、苦悩し、悶々が続いて数十分。
吐いたため息は10を超えた。
(送るな。やめておけ)
それは昔から人間嫌いだった捻くれ者の、遅い遅い初恋と、いわゆるよくある黒歴史。失恋のエピソード。
(独り善がりだ。どうせ、どうせ)
都会と社会の悪意に揉まれ、折れそうになった時、確かに自分の心を支え、魂を助けてくれた筈のひとに、高く持ち上げられ、初速度つけて落とされた数年前。

「連休あなたの故郷に二人っきりで行ってみたいかも」と言うから、早速二人のぼっち旅のため、向こうの料理を店を花の状況を調べていた矢先、見つけてしまったそのひとの、呟きアプリの裏アカウント。
「あいつあたまおかしい」。
捻くれ者は連絡手段をすべて絶ち、部屋を引き払い、職場も居住区も全部変えて、今の場所に辿り着いた。
(まだ敵ではないだけで。何かが変われば。何かを、崩してしまったら。あいつだって)
人間など敵だ。あるいは「まだ」敵でないかだ。
でももしどこかの片隅に、まだひとつ希望があって、もう一度誰かと心から、笑い合うことができたら?
もしもう一度、平坦な心に暖かい風を吹かせて、波を立たせ花を咲かせることができたら?

(もし、もう一度、……もう一度、だけ)
心を寄せては、動かしてはいけない。それは己の、頭おかしい妄想でしかない。捻くれ者はズルズル、人の悪意と良心と己の諦めの悪さを思いながら、
(もういちどだけ、ひとを、しんじつづけられたら)
二人のぼっち旅の傷の、その先を空想に思い描き、画像共有のメッセージを送るそのボタンを、

(やめろ。駄目だ)
基本ヘタレなので、結局タップできず、メッセージを全部消し電源も落としてスマホをベッドへ放った。

6/17/2023, 7:58:07 AM