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お題『お祭り』


 祭りの日ってやつは特別だ。
 焼きそばが高かろうが風船がすくえなかろうが、それも楽しみのひとつになる。
 祭り囃子、提灯、蚊取り線香の匂いに湿った夏の夜風。浮かれて浴衣を着て、普段買えない大きな綿菓子を片手に花火を待つ。
 そんな行けば楽しい祭りだが、私の足はそちらへ向かない。苦手なものがあるからだ。
 それは実に根源的なもの。祭りが盛り上がれば盛り上がるほど否が応でも発生するもの。
 そう。
 人混みだ。
 思えば小さいころの私はすばしっこかった。人々の足元をするりと駆け抜け、自由気ままに祭りを楽しんでいた。それが原因で迷子になったこともある。
 ところがどうだ、大人になった今、人混みというものはあんなにも邪魔だ。どう考えても子供より視界に入りやすいのに何故避け合えないのか。
 思えば小さいころの私はせっかちだった。そしてそれはたぶん今でもそうだ。そのせっかちさが祭りの人混みののんびりした動きを許せない。
 だから私は祭りに行かない。かわりに向かうのは我が城、こぢんまりとした一人暮らしの部屋だ。
 コンビニの袋をぶら下げて、祭りへ向かう人々とすれ違い、道を斜めに登ってゆく。皆が祭りへ出払っているから、帰る道は静かで快適だ。
 そうして辿り着いた我が家は、この祭りの日においては最高級の立地と言えた。
 さっそくクーラーをつけて窓辺へ向かえば、ちょうど1発目の花火が上がったところだった。
 携えたコンビニ袋から手探りで酒の缶を引っ張り出す。
 自宅で、窓辺で、酒を片手に花火を見る。そんなビールのCMみたいにベタなことをしても、乙だなぁなんて思えてしまうのだから。
 やはり、祭りの日ってやつは特別だ。

7/29/2023, 6:54:23 AM