薄墨

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子どもの声が聞こえる。

どんよりと、のしかかる灰色の雲をつんざくように、笑い声が飛び交う。
足元では、溶けかけた飴を運ぶ蟻たちが列をなしている。

俺は、公園のベンチに座り、履いてきた革靴の爪先を、地面に擦り付けている。
手に持ったペットボトルのキャップを捻り、中のスポーツドリンクを流し込む。

スポーツドリンクは酔いが回りやすいので酒とは飲み合わせが悪い、というのはデマ情報らしい。
アルコールによる喉の渇きに、スポーツドリンクのウリである、ミネラルや塩分といったものは不必要らしいが、だからといって、スポーツドリンクがアルコールを吸収させやすくするかといったら、そうでもないらしい。

…スポーツドリンクメーカーが、こぞっていう情報なので信用しきれない、と考えて、そこで自分の捻じ曲がった性根に気づく。
爽やかな口の中に、苦々しいものが混じった気分だ。

祝日。連休。国民の休日。
社会人にとって暇を持て余すような1日に、狙いすまして企画された同窓会を抜け出して、俺は1人、公園の蟻を見つめている。

性根が捻じ曲がっているからだろうか、それとも大人になるということはこういうことなのだろうか。
同窓会は大して楽しくなかった。

近況報告から始まる生活水準の探り合い、“ロマンティックな再会”目当ての現実主義者の睨み合い…
そんなギラギラの野心を剥き出しにした同級生を中心に、過度に美化された“青春”と称される思い出話が始まった時には、もう耐えきれなくなって、出てきてしまった。

あの時の友情に泥水をかけられた気分だ。

そう思いながらベンチに腰掛けて、目に入ったピカピカの革靴に、自分も同級生の目を気にして見栄え良くしていったのだ、ということに気づいて、非常に情けなくなった。

まだ大して飲んでいないはずなのに、脳がぼんやりと揺れる。頭を上げる気になれない。

革靴には、どう間違えたのか道を外れたような蟻が、ちょこちょこと登っている。

…と、その靴の先に、一対のスニーカーの爪先が現れた。

顔を上げてみる。
公園に屯しにきた中学生くらいだろうか、口を一文字に結び、負けん気の強そうな、何処か脆そうな顔をした少年が立っていた。

よく見ると、顔に擦りむけた傷が生々しく見られる。
髪は不揃いに伸び、ささくれた指の先に、縦筋の入った頼りなさそうな爪がついていた。

少年は何か言うでもなく、俺に、手に持っていたものの片方を勢いよく突き出した。
綿毛だ。たんぽぽの。

俺が勢いに押されるまま、それを受け取ると、少年は俺の横に腰掛けて、自分の分の綿毛を吹いた。

吐息に、綿毛は舞う。

すぐ落ちてしまうかと思ったが、こんなに凪いだ気候でも、風は吹いているらしい。
白い綿毛は風に乗って、ふわふわと空に漂う。

俺も、綿毛を吹いてみた。
白い綿毛は風に乗って、また違う場所へと、ふわふわ漂う。

…風が吹いている。成程、今日の風は確かに心地良い。
それから、俺と少年は綿毛を吹いた。
風に乗るってどんな気分なのだろう、と考えながら。

話は何もしなかった。
それが果たして正しいことなのか、俺には分からなかった。

綿毛を吹き終わると、どちらともなく立ち上がった。
歩き出そうとした少年に、俺は一言、なんとなく放る。
「ありがとう。…またいつか」

この先は何を言ったらいいか分からなかった。
でも、それを聞いた少年が、強張った頬を、少し緩めた気がした。

4/29/2024, 1:00:36 PM