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終わった!


生きる意味





『俺、死にたくないって思えるのが嬉しいんだ』
こんな事、お前にしか言えないし。

ふと漏らした甘えが相手を苛立たせるとわかっていても言わずにはいられなかったのは俺自身が甘えたかったのかも知れない。


唐突に脳がぐらりとして頭痛が始まる。
アイツと回線が繋がる合図を待っていた俺としてはやっと来たチャンスを逃すまいと皆と離れた場所でアイツに話しかける。

話しかける、でいいのかな。
脳に直接語りかけて来るこのアイツと俺とだけの回線は完全同位体である証左であるとともに、アイツが本物で俺が偽物であるという逃れられない証左でもあった。

『何のつもりだ。』

予想通りのイライラとした声に俺は少し嬉しくなる。
昔のコイツならもうこの時点で返事もせずに回線を切っていただろう。
レムの塔を経てお前、少し丸くなったんじゃないの?流石にそれを言葉にしたら切られてしまうか。ニヤニヤ笑う顔が見えるわけでもないだろうに何がおかしい、とさらに苛立った声が続く。

せっかく話を聞いてくれる気があるらしいこのチャンスだ。
俺は少しだけ限りある時間を貰うことにした。

『俺さ、ずっと命の使い道を考えてたんだ。俺はレプリカでお前から多くのものを奪ってきた。』

いつかお前に返す時まで。
望まれて生まれてきたわけではない俺の存在は
多くの物を狂わせた。
俺が奪った多くのものが、お前を苦しめた事を知っている。
俺が奪ってしまった多くの命が紡ぐはずだった未来を知っている。
知るほど怖くなった。
怖くて怖くて仕方なくて。

『だから、俺の命はちゃんと使われるべきだと思ってたんだ。簡単に死ぬだけじゃ贖えないからさ。』

死ねと言われて償えと言われた。
返せと言われた。
洗っても取れない赤に染まった両手の罪深さに震えた。
取り返しがつかない物は後悔しても元に戻せる事がない。

『やっと死ねると思った時にお前が邪魔しに来てどうしてって思ったよ。』

命の使い道を見つけた時ホッとしたんだ。
怖かったけど。
辛かったけど。
それでも一番ホッとして、そんな自分をさらに嫌いになった。
それでも終われる気がした。
レプリカと人。命が決して等価ではなくても。

『でもさ、生きてて。
まだもう少しだけ生きられる事が涙が出るくらい嬉しかったんだ。』

残された時間が限りある程に生きている事を実感する。
死ぬ事が怖い。
終わる事が怖い。
二度と会えない別れが辛い。
でもだからこそわかる。
出会ってきた全てへの愛しさが。

お前のおかげだよ。
助けてくれてありがとう。

心からの感謝を込めた言葉に返ってきたのは想像していなかった心の底からの怒りだった。

『ふざけるな。』
久しぶりに聞いた地獄の釜の底を覗き見るような低い声はフォンスロット越しでもわかるほどに煮えたぎる怒りを伝えて来る


『ふざけるなよ、屑が!』
えぇ…?
音ではないはずなのに耳を塞ぐ。
狼狽する俺を置き去りに伝わって来る怒りはどんどんエスカレートしていった。回線が繋がってよりわかるけどお前、ちょっと導火線短かすぎない?

『死ぬ事が嬉しいだと?!もう少しだけだと?ふざけるな!
俺がどんな思いで…!クソ!馬鹿め!
だからお前はレプリカなんだよ!』

盛大な舌打ちが聞こえるような気がしたが、吐き捨てるように言われた流れるような罵倒にこちらもカチンとする。怒られるような内容ではないじゃないか。なんでいつもそうやって怒るんだよ。

『馬鹿馬鹿って。お前それしか言えないのかよ。
俺だってお前にちゃんと伝えたくて…』
『それが馬鹿だと言ってるんだよ、馬鹿が!』

取りつく島もない様子にこちらもイラ立つが、喧嘩がしたいわけじゃない。だって時間がないんだ。明日もし音素が解けて死んだらちゃんと伝えられないじゃないか。いずれ全てをお前に返す事になったとしても、この気持ちはお前にも返せない。これは俺だけのものなのだから。

『ごめん、変な事いって悪かった』
『…もう終わりなら切る』

プツリとと切られたと同時にじんわりとした痛みも治る。
この痛みが繋がってる証だと思えば
それもまた生きているという証のように思えた。




『アッシュさん。』

ゆっくりと目を開けると心なしか少し焦ったような顔が映る。

『あぁ、寝ていたか。すまん。』
『いえ、大丈夫ですか?』

うたた寝をしていたらしいコックピットの中では
こちらを伺い覗き込むような瞳たちが見える。
そこに映る心配の色にこそばゆくなるのを隠した。

不甲斐ない。
立ち上がろうとしたところバランスを崩した肩を支えられる。

『すまない、ギンジ』
『構いません。次はどうしますか?』

操縦桿を再度握りながらこちらを見上げる目を見返して頷いた。

『ワイヨン鏡窟へ。』

ワイヨン鏡窟にディストがいる。
奴は人格はともかく能力だけならばあのネクロマンサーにも引けは取らないだろう。レプリカ研究に関してに至っては下手をすれば右に並ぶものがいるかわからない。

脳裏によぎる諦めたような声に苛立ちを覚えては舌打ちをする。
勝手に諦めたような事を。
そんな事はあってはならない。
あってたまるか。

何が返すだ。ふざけるな。
お前のものなんか俺が必要とすると思うのか。

力を込めすぎた拳に爪が食い込むと
そこから赤い血が滲み出る。

両手を染めたその赤こそが
皮肉にも確かに互いを繋ぎ止めるものであるように見えて
忌々しげに振り払えば床には足跡のように飛び散った。

4/27/2026, 10:24:36 PM