わたあめ。

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私は、ソフトクリームが好きだった。

バニラを頼むのが定番で、ソフトクリームが売っている場所では必ず買って食べていたのだ。


繁忙期が終わり、久しぶりの休日。
しばらく職場と家の往復でしか外に出ていなかったので、久しぶりに出かけることにした。

こうして家を出るのは何ヶ月ぶりだろうか。
ずっと家に引きこもっていたせいか、出かける時の楽しみ方というのも忘れてしまった。


ふらふらと、宛もなく歩いていると、ある看板が目に入った。


『ソフトクリーム……』


そういえば昔食べていた気がする……。

最近は胃に入ればなんでもいいと、適当にコンビニで買ったものばかり食べていた。


ソフトクリーム屋の誘惑に負け、私はレジカウンターへと進む。


「いらっしゃいませ!!何にしますか?」

ニコニコと店員さんが聞いてきた。
店員さんの眩しい笑顔に狼狽える。

『う……あ、バニラで、』

「バニラですね!!300円になります!!」

私のオドオドとした注文もしっかり聞き取り、笑顔で返してくれる。

急いで財布を取り出し、料金を払うと店員さんは元気よく返す。

「では少々お待ちください!!」

一言一言に元気や明るさを感じる。
接客業の鏡だなぁと、しみじみ思った。

店員のお姉さんに感心していると、あっという間にソフトクリームは完成していた。

「はい!どうぞ。」

ゆっくりバニラのソフトクリームを差し出してきたので、慎重に受けとった。


少し歩いて、道の広いところにベンチがあるのを発見したので、そこで食べることにした。


ぱくりと一口頬張ると、バニラの甘みがふんわり口の中に広がった。

『美味しい。』

ぱくぱくと食べていく。
食べていくうちに、この甘さが好きだったなとか、子供の頃落として大泣きしたなぁと思い出が蘇ってくる。

思い出せば色んな人と食べた気がする。

小さな頃は母と。
学生の時は友と。
そして、

かつて付き合っていた “彼” とも食べていた。

私はバニラ味を頼んで、彼はチョコ味を頼む。
お互い一口ずつもらって、「前のところよりも美味しい」とか『今度はそっちの味にしようかな』と何の変哲もない会話をする。

それがお決まりのデートだった。



『……あ、れ。』

涙がスっと頬を伝う。

そういえば、彼を失ってから泣いたのはいつだったか。
考えてみれば、最後まで笑顔で見送りたくて彼の前では泣かないように気を張っていた。

気づけば一人の時でも涙は出てこなくなった。

そうか、

今初めて、彼を亡くして泣けたんだ。


隣を見ても違う味を食べて笑う彼はいない。

その事実が胸を締め付けた。


『ふっ……うぅ……』

今まで貯めていたからか、涙を止めることは出来なかった。

その中でも、ソフトクリームを頬張る。


甘かったはずのソフトクリームはしょっぱい味がした。



「お姉さん!?大丈夫ですか!?」

先程の店員が血相変えてこちらに走ってきた。
きっと休憩時間だったのだろう。

「すみません!!味美味しくなかったですか!?あ、今からでも作り直しましょうか!?」

店員はアワアワと私の周りで動き回る。
時折、「どうしよう」とか「店長に相談……」と呟いている。

唐突な事だったので私はキョトンと店員さんを見てしまった。

慌てて動き回っている店員をベンチでキョトンと眺めている女性は、傍から見たら余程不思議な光景に見えるだろう。

『ふっ。ふふふ……』

とうとう堪えきれず、つい吹き出してしまった。

店員は急に笑い出した私を見て鳩が豆鉄砲食らったような顔になる。

そして涙を指で拭って答えた。


『いいえ。とっても美味しいです。』


#涙の理由

10/11/2023, 11:51:44 AM