「パーマかけたんだね。すごく似合ってるよ」
という茉莉奈の問いかけに
「ありがとう」
と笑顔を見せる彩を見て茉莉奈はほっとした。
昼過ぎに茉莉奈が訪れた時、彩は目の下に隈をつくり部屋着姿で佇んでいた。部屋はカーテンも締め切ったまま雑然としていた。唯一ベビーベッドの周りだけはきれいに保たれていた。
茉莉奈が口を開くと「今寝たばかりなの」と怒ったように一言放った。
それで茉莉奈は自分の口に人差し指をあてたまま、彩に言った。「わかった。私が見ているから彩は着替えて出かける準備して」何を着ればいいかわからないという彩とクローゼットに行き、白いセーターと茶色のサテンのスカートを選ぶ。去年会った時に彩が着ていてとてもかわいらしいと思った組合せだ。
支度を整えた彩に「これ秋紀から。自由が丘の喫茶店に行ってほしいって」と言って茉莉奈は白い封筒を渡す。秋紀は彩の夫で今、単身赴任をしている。茉莉奈と彩と秋紀は皆同じ大学のサークルだった。
今日はどうしても彩に頼みがあるというので、茉莉奈に子どもを預けて出かける事になった。
彩は産まれたばかりの拓馬と離れるのが怖かった。自分がいない間にないか起こるんじゃないかと。ただ、「彩にしかたのめない」と言われ、「茉莉奈に子どもの面倒は頼んだから」と言われてしまうと何も言い返せなかった。
自由が丘の喫茶店で席に座り、封筒を開ける。そこには秋紀の几帳面な字が並んでいる。
ひとりで拓馬の面倒を見させて申し訳ないだとか、いつもありがとうだとか、よくある文章なのに泣けてきた。そして、美容院の予約時間が書いてある。封筒にはお金も入っていて、今日は自分の為に時間とお金を使って欲しい、そう書いてあった。
彩は茉莉奈がお湯を注ぐティーポットを見ながら呟いた。
「なんでうまくできないんだろう」
窓から差し込む柔らかい西陽がティーポットに反射している。ティーポットの中では赤い茶葉がゆらゆらと心地よさそうに揺れている。茶葉につられるように身体を揺らすと腕の中の拓馬も心地良さそうにしている。
茉莉奈はティーポットのお茶をカップに注ぎながら言った。
「彩がこのティーポットで拓馬がカップ。ティーポットが空っぽなのに一生懸命カップを満たそうとしていたんだね。本当はティーポットにお湯を入れないといけないのにね。
でもね、拓馬を見て。彩が帰ってきて本当に安心してるし、彩に抱かれてとても幸せそう。拓馬のカップは愛で満たされてると思うよ。だから、うまく言ってるよ」
部屋中にローズヒップのやさしい香りが漂う。
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お題:愛を注いで
12/14/2024, 7:38:17 PM