ストック

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君と最後に会った日のことは、今でもはっきり覚えてる。

あの日、珍しく君から「今日は神社で遊ぼうよ」って声をかけてくれたよね。
君の家で本を読んで過ごすのが僕たちの放課後だったから、ちょっと驚いたよ。
一旦、家に帰ってから、通学路の途中にある鳥居の前で落ち合った。

僕は君の持ってきたものを見てビックリしたよ。
表紙の文字は難しくて読めなかったけど、植物や花の精緻な絵が描かれた分厚い本。
「それ、図鑑?そんなすごい本、どうしたの?」って聞いた僕に、君は「家から持ってきたんだ。これを持って『森』を探検しようよ」といつになくはしゃいだ様子で答えた。
僕らは図鑑を持って神社の裏にある『森』(今になってみると森っていうほど大きくもなかった)を探検した。「これはきっとイトスギの木だよ」「あれはスイレンかなあ。花はないけど葉っぱの形がそっくり」なんて、まるで偉い学者さんにでもなったみたいだった。
15分もあれば一回りできてしまう『森』を僕たちは2時間もかけて探検した。

『森』から出ると、すっかり夕焼け空だったね。
「そろそろ帰ろう」と言う僕に、君は(今思えば寂しそうに)頷いた。二人の影が道路に伸びる。僕たちは今日の探検のことを話ながら歩いていた(今思えば話してたのは僕だけで、君はうんうんって相づちをついていただけだったね)。

二股に別れた道の真ん中にあるお地蔵さんの前で、僕たちは足を止めた。
僕の家は右の道。君の家は左の道。
「それじゃあ、また明日ね」僕は君に手を振ると、右の道を進もうとした。
「待って」君は僕を呼び止めると、植物図鑑を僕に押し付けるように渡す。
「それ、貸してあげる」
「こんなきれいな本、借りられないよ」
「今度会うときに返してくれればいいから」
「へんなの。明日また図書室で一緒に読めるじゃないか」
「そうだね、へんだね。でも貸してあげる」
「ふぅん…それなら借りるね。あ、明日はこれ持って公園に行ってもいいな。何か花が咲いてるといいなぁ」
「そうだね。お花、咲いてるといいね」
「よし、じゃあ明日は公園で探検しよう。じゃあ、また明日ね。バイバイ」
「バイバイ」


それが君と最後に会った日になってしまった。
その夜、君の家は火事になって、君の家族も君も、煙になって高い高い空へいってしまった。
君は、今日が僕と最後に会う日だって知ってたんだね。


でも、最後の日はその日じゃないんだよ。
ずいぶん待たせちゃったけど、僕ももうすぐ、空の向こうにいくよ。
すっかり日焼けしてしまった植物図鑑を持って、君に会いにいくよ。

6/26/2023, 11:16:52 AM