いろ

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【失恋】

 目の前で一筋の涙を流す君の横に寄り添い、そっとその背中を撫でる。いつだって明朗で勝気な君がこんな風に泣くところ、今まで見たことがなかった。
「本当にっ……好きだったんだよっ……」
 震えた声でこぼされた言葉に、ただ小さくうんと相槌を打って、君の背中に当てた手に力を込めた。
 一人でも生きていけそうだからなんて月並みな理由で君を傷つけたあの人は、きっと知らないんだ。君にだって弱さがあること。君が本気で、あの人に恋していたこと。
(馬鹿だなぁ……)
 そう思ったのは何も知らないあの人に対してか、あんな人に恋をした君に対してか、それとも――。
 一瞬もたげたドス黒い感情に、慌てて蓋をした。僕は君の幼馴染で、君にとって一番近くて遠い友人。本音を見せることはできるけれど、恋愛対象には決してならない、一つ同じ屋根の下で生まれ育った家族と同等の位置にある存在。それ以上を望んだら、今の関係性が壊れてしまう。
「かなしいね、」
 宥めるようにそっと、君の耳元で囁いた。それだけで君の両目からは堰を切ったように涙が溢れ始める。声を殺してしゃくりあげ始めた君の背中を、とんとんと同じリズムで優しく叩くことだけが、僕に許された君への慰めだった。

 本当に馬鹿なのはきっと、僕にまた頼ってくれた君を見て、君の失恋を嬉しく思ってしまった僕自身なんだ。君が僕に恋してくれることなんて、一生ないと知っているのに。

6/3/2023, 10:59:14 PM