たぬたぬちゃがま

Open App

ここに横になって、見上げてみて。
木と木の間が光ってるの。宝石みたい。
ねぇ、とっても綺麗でしょ?

--------

ゆるゆると、時間が過ぎる。
大きな木の麓に座り、ぼうっと過ごして何日経ったかも忘れてしまった。
ゆっくりとした時間を過ごしていると、あの慌ただしく血生臭い日々は夢だったんじゃないかと錯覚する。
だってこんなにも静かで、こんなにも穏やかで。
——こんなにも、幸せで。
「何たそがれてんのよ。」
頭にずしりとした重さを感じる。彼女が頭に顎を乗せてきたんだ。そのまま顎をぐりぐりと押し付けながら、彼女は続けた。
「まだ悩んでんの?せっかくあんたを攫ってきたのに。」
「こんなに幸せなのに攫ってきたって言葉でいいのかな。」
自分に攫われるほどの価値があるのだろうか。
頭の上で大きなため息が聞こえたかと思うと、彼女は押し倒してきてそのまま胸の上で仰向けになった。
「手!出して!」
言われたとおり右手を差し出す。
「違う!!左!!!」
ドスの効いた怖い声だった。顔は見えないが相当イライラしている時の声だ。
そっと左手を出すと、彼女は自分の手と重ねて木漏れ日に向かってかざした。
自分より、ふたまわりは小さい手。それでも自分をここまで引っ張り上げてくれた、強い手。
「ほら、エンゲージリング。」
きらりと指元が光る。
「エンゲージって……。」
「あんた忘れたの?ほんっと忘れっぽいわね。」
指を絡めるように手をつなげると、ぎゅっと強く握ってきた。
「ここまで言わせないでよ。……ばか。」
彼女の耳が赤い。でも自分も真っ赤なんだと思う。そっと右手で彼女を引き寄せると、ごろりと寝返り首元に唇を落としてきた。
幼い頃からあんなに焦がれていた人が、今腕の中にいるのが信じられなかった。
風が吹いて、木枝が揺れる。それに伴って影も揺れる。
彼女とぱちりと目が合った時、きらきらと瞬く木漏れ日の中で誰よりも美しい人がそこにいた。


【揺れる木陰】

7/17/2025, 3:31:33 PM