「行ってきまぁす!」
と、いつもの様に夫と二人の子供の元気な声が玄関から聞こえる
手をエプロンで拭きながら慌てて見送りに玄関先へ跳び出す
これが、千暁の家の朝の風景だ
同じ年の夫との間に二人の子を設け、特に不満もなくそこそこ幸せな毎日を
過ごしている
夫とは会社の同期で、いわゆる職場結婚だ
交際して2年が経った頃まわりの友達もチラホラ結婚をし出し、
「私達もそろそろなのかな?」
と、何となく結婚も視野に入ってきていたが、彼に対して不満は無かったがけれど、どうしても彼でなくてはというものも無かった
「これ、という決め手」
が無かったのだ
そんなある日、海が見たい!という私の希望で海へのドライブデートをした
夏にはまだ少し早い時期だったが、日差しは夏そのもので、海からの照り返しがジリジリと肌に痛かった
あまりの眩しさにサングラスをかけていないと、砂浜の反射で目が潰れてしまいそうだった
そんな暑さでも、一応恋人同士
しっかりと手は繋いだままだったが、彼の手の汗が気になり、彼が手を解いてくれないかと握る手の力を緩めた
その瞬間、繋いだ彼の手と千暁の手が離れないように真っ赤な糸が繋がれている「画」が千暁の目に映った
もちろんそれは幻想に゙違いないのだが、千暁の目にははっきりと見えたのだ
それは、ピンクでもオレンジでもなく真っ赤な糸
「これが、お告げっていうヤツか!」
と、今まで吹っ切れずにいた、どこかモヤモヤした思いが一気に吹き飛んだ気がした
「これを待っていたのよ!運命の人は彼ですよということよね?」
と千暁は嬉しさが込み上げた
帰りの車の中で、千暁の方からプロポーズした
「私達やっぱり結婚するべきよ!」
結婚して15年、何となく夫との歯車が合わなくなってきている気がする
嫌いになったとか、一緒にいるのがしんどいということではないけれど、今感じている違和感が将来老後を迎える頃に大きな亀裂になりはしないかという漠然とした不安だった
夫と老後を一緒に過ごしているイメージがどうしても湧いて来ないのだ
「本当に彼が運命の人だったのかしら…?」
こんなことさえ最近思うようになった
「倦怠期ってことかな?
そうだ、昔のアルバムでも見てみるか!」
と、昔の新鮮な気持ちを思い出してみたくなり、二階の寝室へ上がった
「結婚した時に実家から持って来たはずだけど…
あ〜、あった、あった!」
昔のアルバムを開くのは結婚して以来だ
当時すでにデジタルなものは出ていたが、千暁は写真としてアルバムにきちんと残しておきたくて常にカメラを持ち歩いていた
「あった、あった、こんなこと!」
と写真を見返しながら懷かしさと共に、かつて抱いていた夫への熱情が胸の奥から体の奥から湧き上がって来た
「この写真だわ!
暑い日だったのよね〜
彼の手なんかビショビショで
それで、あの時真っ赤な糸が目の前に現れたのよねぇ」
当時の胸の鼓動まで蘇り、あの日見た糸の赤さを思い出し、やっぱり夫は運命の人だったのよね…
と、夫との間に隙間を感じていた自分を恥じた
「えっ?! 嘘でしょ?! ちょっと待ってよ! 何、この写真!
私、頭にサングラスかけているじゃない!」
写真を良く見ると確かに頭にピンクがかった薄いブラウンのレンズのサングラスをかけている
「てことは、サングラス越しにあの糸を見ていたってこと?!
サングラス越しだったから赤い糸に見えていたってこと?!」
『赤い糸』
7/1/2024, 6:11:00 AM