もんぷ

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「お腹空いてる?今日くらいは全部奢ったるから。好きなん頼みや?」
「…や、今はいい。」
いつも行ってる飲み屋…ではなく今日は1軒目からカラオケに来た。まだ夕方にもならない昼過ぎに浜谷から電話がかかってきたのが30分前のこと。電話口では泣いてこそいなかったもののひどい鼻声で「別れた」と一言だけ聞かされた。電話を切ってすぐに合流したものの、まだ居酒屋が開くには早すぎる時間帯。目についたのは同期でよく来たカラオケ。
「…じゃあちょっと早いけど乾杯しよ。藤原もあとで来るから。」
独り言のようにそう呟いてとりあえずビールを二人分頼んだ。無言の重苦しい空気が流れる中、DAMチャンネルで知らないアーティストが得意げに話す声だけが響いていた。浜谷がこんなに落ち込むってことは多分「他に好きな人ができた」とかそういう感じでフラれたんやろう。まあそこらへんは藤原が来てから色々詳しく聞くことになるやろうから今はまだ当たり障りなく励ますしかない。
「…まあ、さ。女の人なんていっぱいいるんやし…あんたなんてモテるんやから。うん。そんな引きずらんでもいいって。」
「…うん……」
渾身の慰めにも目の前の大きい男はあんまり響いてない様子で少し俯き、そこからビールが運ばれてくるまでまた無言が続いた。特に気の利いたことも言えない私は、早く藤原が来るのを願いながら、グラスをカチンと合わせてそれを口に運んだ。お酒が入っても重苦しい空気は変わらないので私はバカなふりをして「よし、なんか歌う?」と言ってみたけど、案の定浜谷は首を横に振った。やっぱりそんな気分になれないよなと機械を机に置こうとしたところ、不意に目を真っ赤にした浜谷が口を開いた。
「…なんか歌って。」
「……あぁ。ええよ、何がいい?」


「……もう恋愛なんてしない〜♪」
もう何曲連続で歌っているか分からない。部屋に入る前にドリンクバーから麦茶を取ってきていた自分を褒めたい。デンモクを浜谷が握って離さないのだ。浜谷が好きな曲ばかりを入れ、自身はマイクを一切握らず私の声に耳を傾ける。それも全て失恋ソングで、一曲目のサビに入る前に浜谷が泣き出してしまったのはさすがに驚いた。歌うのをやめてマイクを置くと泣きながら怒ってくるから歌うしかなく、歌いながら肩をさすることしかできない。ああ、藤原よ。早く来てくれ。そう思いながら最後のロングトーンを歌い切った。

5/24/2025, 12:14:00 PM