桔花

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・夜明け前
初日の出じゃなくていいから、日の出が見たいわ。

彼女がそう言ったから、二人で海に来た。
夜明け前の海は、ただただ黒々としていて、どうもいけない。
吸い込まれてしまいそうだ。規則正しく寄せる波が、誰かの悲鳴のようだった。

そのうちに、空が白み始めた。真っ黒だった空のキャンバスに、白い絵の具が溢れていく。滲むほどに、色が増す。
ただ純粋に、綺麗だと思ったけれど、心は晴れなかった。煌めき始めた海が憎かった。
ざぷん
底の擦り切れた靴は海を拒むに至らず、僕の足はひんやりと濡れ始める。もう一歩。もう一歩。

「おじいちゃんっ!!」

悲鳴のような声に、僕はハッと我にかえる。海はもう膝下まで迫っていた。
ざぶざぶ、声の主がこちらに向かってくる。今年高校に上がったばかりの、孫だ。学校でもないのに制服を着ているのは、彼女の葬式に出席するため。
僕の肩を掴んだ幼い少女は、泣きそうな表情で笑った。

「朝の海っていいよねぇ…でも危ないよ。おばあちゃんと違って、おじいちゃん泳げないでしょ」

何を言う。これでも昔は水泳部エースだってのに。そう反論すると、カラカラと笑われた。
彼女に…ばあさんにに似ている。どうにも…いけない。
「戻るか」
そういうと、また、花のような笑顔を浮かべた。

9/13/2023, 11:03:40 PM