通りすがりの空想好き@作品に繋がりあり

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──【答えは、まだ】──


「はっびばーすでーとぅーゆー……おめでと、柚希」

薄暗い、なんてことの無いマンションの一室。ダイニングテーブルに置かれた小さなホールケーキには7本のロウソクと『柚希 7才おめでとう』と書かれたチョコプレートが飾られている。

「ほら、どうしたんだい? 消さないのか」

いつまで経ってもぱちぱちと、燃えている火を消さない息子を不思議に思って聞いてみる。すると、柚希は視線を左右に動かしながらオドオドとしていた。

「おとー、あのね。一緒に、ふーってしない?」

まだまだうちの息子は甘えてくれるらしい。 あまりにも可愛らしいお願いに、思わず目を細めて笑ってしまった。 ゴトリと立ち上がって、僕は向かい側にいた息子の後ろに立つと、肩越しに頭を出した。

「じゃあ、せーので吹くぞ」
「ん、」

『せ~のッ』

2人で息を吹きかけると同時に、ポッとロウソクの火は消えた。 息子はこちらをふりかえって、はにかみながらも満足そうに笑っている。 そして僕はおもむろに息子の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「改めて、おめでとう。柚希」
「おとー、ありがとう……ママにも言ってくるね」
「おう、」

息子がトコトコと居間の方に歩き出したのを横目に僕は部屋の電気を付けてから席に座る。 そして取り皿にケーキをとりわけ始める。

柚希は母親の顔を知らない。 柚希が産まれて3ヶ月も経たない頃に彼女は病に倒れて亡くなってしまったから。

泣き虫な僕を支えてくれた彼女が授けてくれた、彼女と僕の2人の大切な宝物。あっという間に7年は過ぎた。

柚希は元気に育っているよ。 まだまだ幼い所はあるけど、君に似ている。 いつもあの子には元気を貰ってばかり。

このまま育てばきっと、君が願ったように、柚希は優しくて思いやりのある素敵な大人になるだろう。

だけど、人生はまだまだ長い。 これから初めての谷を降りることもあるだろうし、たくさんの山を登って大人になる。その過程で、どうなるかなんて分からない。

「おとー! ママに言ってきたよ」
「そーか、ママもきっとおめでとうって喜んでるぞ」
「んへへ~」

1人で、思いふけていたら、パタパタと忙しない足音と共に柚希が帰ってくる。笑顔でそれに応えていつも通り、話をする。大きくなったら何になりたい、だとか、そんな他愛もない話だ。

「柚希はゆっくり大人になればいいからね」
「えー!早く大人になるんだもんー」
「そっか、そっか」

本当に、あっという間に大きくなって僕の手から離れるのもそうは遠く無いのだろう。

だけど、まだ「柚希は優しくて素敵な、思いやりに溢れた大人になれるかなぁ……?」と言った彼女の言葉に僕は答えられない。だって、何があるか分からないから。

だから僕は今年もまた、君に昨年と同じ報告をしようと思う。



【答えは、まだ】

9/16/2025, 12:53:22 PM