「いってくる」
銀色のバケツを片手に鈍色の作業服姿に身を包んでぶっきらぼうにイサカはそう言った。モスグリーンのワークキャップを深く被り金色の透けた髪の間から釣り上がった瞳が覗く。
「ん、今日はどのくらい?」
「...どうだろうな、もうすぐ流星群だから活発なんだろう」
イサカは家の大きな丸い窓から空を見上げてため息混じりにそう答えた。
「明け方までには帰るから」
イサカはそう言うと足を畳んで小さく座るコトノの頭に手を置いて口を軽く上げ笑みを見せた。
「いってらっしゃい」
コトノはそう言うと大きなイサカの背中が玄関のドアから消えていくのを見送った。
パタン、とドアの音と共に静寂が部屋を支配する。丸テーブルの上にさっきまでイサカが飲んでいたコーヒーカップが置いてある。スン、と珈琲の残り香がコトノの鼻を刺激した。
家を出て森を抜ける。
黒々とした木々がイサカの頭上を覆う。隙間からたまに大きな月が見える。イサカはかすかな月明かりと手元のカンテラを頼りに歩みを進めた。
森を抜けると小高い丘が見える。そこがイサカがいつも作業をする所謂持ち場、だった。
この星では、夜になると頭上に煌めく星々が地上に落ちてくる。
落ちてくると言っても炎炎とガスを纏った隕石の類とは違い見た目は金平糖のような形をしていて色は様々で透明感を併せ持つ。そしてそのどれもがじんわりと優しい光を放っている。
キィン---
星が地に落ちる音が丘を登る途中のイサカの耳に届いた。
やっぱり今日は活発だな、とイサカは思い歩みを早める。
コツン、とイサカの革靴に落ちてきた星が当たる。色はアイスグリーン。大きさはちょうどラズベリーほどの大きさだ。
イサカはバケツから黒いトングを取り出しその星を掴むとバケツに放り込む。カツン、と音がした。
丘の上に着くとイサカが思っていたよりも遥かに多くの星が丘の上に転がっていた。
大小は様々ではあるもののどれもが比較的小さい。淡く光る様々な色の星々が丘の上に広がるこの光景は幾度となく見慣れているはずなのにイサカの目を煌々と刺激した。
昔誰かが言っていた。
「星拾いになれるのは一握りの人間だ。その誰もがこう思う。“あぁ、この光景をいつまで見れるのか”と」
(いつか“終わり”がくるのか?)
イサカは持ってきていた大きな黒い傘を広げ落ちてる星を集めながらそう思いを馳せる。
傘に星が当たる音がまるで大粒の雨のように傘を揺らす。
丘の上からたもとを見下ろすと黒々とした森の先に小さな灯りを灯した家が見えた。
(コトノはまだ起きているのか)
足元に散らばる小さな煌めきが一層輝きを増したような気がした。それが何を意味しているのか、イサカはまだ知らない。
そんな、ある星の星拾いの話。
3/11/2025, 2:06:23 PM