無人島に行くならば、家族に別れを告げたい。
くだらない事で笑い合える友達にも。
良くしてもらっている同僚や先輩、後輩にも。
今もう石の下で眠っているであろう恩人にも。
…俺が迷ってる間に行方を晦ましたあの人にも。
もう会えないのだから。
今から僕が行くのは、国の持っている無人島。
定期的に点検の来る無人島。
かつては、罪人の流刑地として使われていたらしい。
なら、有人島では?と思うが人がいないのを確認しているので、無人島だ。
理由は、疲れたからだ。
こんなにも恵まれているのに、疲れる事があるかって?
感じるんだよ、ここは俺の居場所じゃないって。
こんなにも恵まれているから、余計に感じる。
感じるんだ、その位置に俺は相応しくないと。
だから、来た。誰も気づかないところを終の住処にするために。と言っても、ほんの一瞬だけ。
ぼーっとしていると、船長さんが声をかける。
「着きましたよ。」
「ありがとうございます。」
「本当にいいんですね。」
「はい、もう決めました。」
小さな船の船長さんは、深く被っていた帽子を少しあげて笑った。そこにあったのは、
「昔はあんなに優柔不断だったのに、一丁前に覚悟決めちゃって。」
見覚えのある、顔だった。
「なに?そんなぽけーっとしちゃって、もしかして忘れ物した?」
かつての記憶を振り払うように思いっきり首を横に振る。こんな形で再会はしたくなかった。でも願いを叶えさせてくれたのかもしれない。
「おーい、生きてるかー?」
「ごめんなさい、ではありがとうございました。さようなら。」
「ちょっと待て。」
その人は僕のシャツの袖を弱く掴み、引っ張る。
「…返事、くれよ。」
「そんな話もありましたね。」
敬語で誤魔化すように答える、答えはあるがそれは口から出てくるのを躊躇った。
「ずっと待ってるって言っただろ?」
変わらないヘーゼルの瞳が僕の瞳孔を覗くようにこちらを見てくる。どうやら、離す気はないようだ。口内まで近づいている唾を飲み込んで、答える。
「僕も貴方の事が好きでした。さようなら。」
そういうと、その人は後ろから強く抱きしめてくる。圧と暖かさを感じる。
「気にならないのかよ、居なくなった理由。」
「気になりますよ。」
「気になったなら、この船に乗ってくれよ。」
見えやすい罠だ、敢えて乗ってあげよう。チャンスなんていくらでもあるのだから。
数年後、子育てと仕事の両立に苦戦しながらも間を縫ってここに来た。
はしゃぐ伴侶と子供達を連れて、僕の無人島へ。
景色は変わらず、手入れもされている。
ここはこれから有人島となる。
みんなの人生を豊かにしていくために、色んな経験をしてもらうために。
ああ、豊かなのに苦しい。楽しすぎて、苦しい。
ここを居場所だと主張するように、楽しさが僕を苦しめる。
でもその苦しさも、今や心地よい。
ある意味流刑地なのかもしれない、かつての心を流刑にして薄れさせるための。
なんてカッコつけて、砂浜を歩いていく。
そういや、前にこんな事を考えていたな。
無人島に行くならば、家族に別れを告げたい。
くだらない事で笑い合える友達にも。
良くしてもらっている同僚や先輩、後輩にも。
今もう石の下で眠っているであろう恩人にも。
…俺が迷ってる間に行方を晦ましたあの人にも。
今は違う。
無人島に行くならば、家族に愛を告げたい。
最近は会えない友達にも。
頼もしくて、互いに切磋琢磨し会える仕事仲間にも。
天国で酒飲みながらこちらを見てそうな恩人にも。
…こんな僕といてくれるこの人にも、子供にも。
10/23/2025, 3:40:58 PM