「たばこ。」
白い吐息に紛れた煙草の香り。
臭い。そう思っていた過去もあった。
でも今では苦じゃない。
これが大人になるってことかぁ。ってたった一人になった今、煙草を吸う。
昔は楽しかった。
この一言はいろんな人がいろんな所で言う。
私だってそうだ。昔は楽しくて仕方がなかった。
毎日が輝いていて自分が大好きで仕方がなかった。
私はいわゆるギャルで、いじめられるよりは、
いじめる側だった。
未成年に関わらず、煙草を吸うような同級生に囲まれて、引きこもりがちな同級生のありもしない悪い噂を広めて、それを楽しむ。
最低な私だった。
それでもそんな私にだって気になる人がいた。
「なに考えてんの?バーカ」
笑いながら話しかけた。
「煙草の次はお酒ですか」
ふざけて言った。
「なに?」
彼が言った。
無愛想な。それでもどこか楽しそう。
「煙草って美味しいの?」
私はさらに問いかける。
「別に。」
たった一言でも、私は嬉しかった。
「私は煙草きらーい。」
彼は興味なさげに言う。
「へぇー。」
たったそれだけ。意味のない会話でも私は楽しかった。
彼は正直言うと、問題児でいつも先生に怒られてそれでも反省せずにまた怒られる。そんなヤツだった。
それは高校を卒業しても変わらなかった。
卒業してもたまにヤツと会う機会があった。
その度に顔に傷を増やして煙草の匂いが染み付いた服を着て。これぞ不良。みたいな感じだった。
またヤツとあった。
私もさすがに真面目に働いて、派手だった髪色を黒に戻して、服もシンプルな白色。
昔の面影なんてない。
でもヤツはなにも変わっていなかった。
髪は金色。ピアスはバチバチ。
こいつはいまだに不良してんのか、と思った。
その頃にはヤツへの恋心なんて冷えきってただの
ダチだった。
いつも話すのは橋の上で、いつも私に煙草を差し出してくる。私は吸わないから、と言って断るけど。
ヤツの吸っている煙草は何年も変わっていない。
少し甘い匂いのする煙草だった。
ヤツが死んだ。
交通事故であっけなく死んだ。
即死だったって。
誰が予想したんだろう。
ヤツの葬式には意外にもたくさんの人が集まっていた。ヤツは愛されていたんだな。
涙は出なかった。ただ心のなにかがかけた気がした。
あれから何年もたった今。
私は真面目に働いて、バリバリの社会人になった。
それでも毎日、夜になったらベランダにでて煙草を吸う。ヤツがいつも吸っていた煙草。
甘い匂いのする煙草。
今日も煙草と酒を片手にベランダにでる。
「さむっ」
思っていたよりも外は寒い。
夜の気温をなめたらいけないな。
「星綺麗。」
ヤツと会わなくなってから一人の時間が増えて、独り言が増えた。これもヤツのせい。
「この時間が一番の幸福。」
煙草に火をつけて口元に運ぶ。
「煙草の次は酒ですか。」
そういって手にもった酒を喉に流し込む。
「はぁー」
幸せすぎる。
こんなことにしか幸せを見いだせなくなったのはヤツのせい。
「ふふ。」
ちょうど酔いが回ってきて楽しくなってきた。
「ガチで部長腹立つわぁ。」
と、思ったらなんだか腹が立ってきた。
酔っぱらうとなんだか昔に戻った気分になる。
「何で、ヤツは死んだんだよぉ」
なんか、悲しくなってきた。
「ほんとに、ヤツなんて嫌いだ。」
なんだか、目頭が熱くなった。
「やべっ。仕事ちょっと終わってないんだった。」
酔っている状態で仕事をやるのは悪いこと。でも
まぁ。いいか。たまには息抜きも必要だしな。
「さぁて。部長のためにちょっくら働きますか。」
煙草を消して部屋に戻る。
明日も私は社会人をまっとうするよ。
ヤツなんて忘れて、結婚して子供を産んで、幸せになってやる。
いまは出会いがないだけだ。
私の服に甘い煙草の香りが染み込んでいる。
ヤツと同じ匂いだ。
「たばこ。」
12/7/2025, 2:04:14 PM