Yushiki

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 人は何かを達成できなかった時、桜散るなんて表現をするらしいじゃないか。

 俺の頭上からそう告げたそいつは、綺麗な顔をこれでもかというほど意地悪く歪ませて、ニヤリと微笑んだ。

「だから何だって言うんだよ」

 俺はズズズっと鼻水を吸い上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔をそいつに向ける。

「いやいや、人間とは粋な表現をするものだと思ってね。それで小さき少年よ、こんな満開な桜の木の下で、君は何をそんなに落ち込んでいるんだね?」
「うるせー、お前なんかに言うかよ」
「おおかた女の子にでも振られたんだろ」

 うっ、と俺は言葉に詰まる。

「ちっげーよ。ただ……、負けたくない奴に、今日体育の100メートル走で勝てなかったっつーか」
「なるほど。そいつが恋のライバルか」

 うっ、とまた図星を衝かれ、俺はぎりっと奥歯に力を込めた。

「クッソー、何だよ、さっきから。俺のこと分かったように指摘しやがって」
「分かったようにじゃない。分かってるんだ。なんせ私はこの土地で、もう千年近くもの時を過ごしてきたんだぞ。たかが10年ほどしか生きてないひよっこ少年の思考など、読めて当たり前だろう」

 ははははっとそいつは意気揚々に笑う。桜の太い幹に悠々と腰を掛けて、俺にしか見えないたぶん人間じゃないそいつは、俺の胸中など知らぬように楽しげだった。

「俯くな、少年よ。こんなにも満開な桜を見ないだなんて勿体ないぞ。桜は確かにすぐ散るが、また来年も変わらず咲く。そこに在り続ける限りはな」

 俺はそいつの言葉につられて顔を上げた。ピンク色の綺麗な花弁からひらひらと小さな花びらが舞う。

「どうだ、少年よ。いっとき散ったからといって、嘆く必要などないと思わんか」

 散る様だって桜はこんなにも美しいのだからと、そいつが珍しく優しい声を出したので、俺は黙って涙を拭くと、「まあ、そうだな」と、ぶっきらぼうに頷いた。



【桜散る】

4/17/2023, 8:52:46 PM