【勿忘草(わすれなぐさ)】
「おい、これやる」
そう言って彼がぶっきらぼうに差し出したのは白い可憐な花だった。
「え?きみが私に花?天変地異の前触れ??」
その行動は普段の無骨な彼の姿からはとても想定できないもので。その唐突さに、私は目を見開いて彼を見つめることしかできず。
「うるさい。いいから受け取れ」
彼がずいと花を顔に近づけてくるので、私は戸惑いながらもそれを受け取った。
見上げる彼の顔は普段と同じ仏頂面で。何を考えてるのか全然わからなかった。
その次の日、彼は唐突に村を旅立った。村人は誰も彼の旅立ちの理由を知らなかった。私だってわからなかった。だから調べた。あの花の意味を。もしかしたら何か分かるかもって。
あの花は、勿忘草(わすれなぐさ)という名前だった。
花言葉は「私を忘れないで」。
意味がわからなかった。急にいなくなっといて、忘れないでって。私と彼は生まれたときからの筋金入りの幼馴染で。家も隣でいつも一緒で。表情が少ない彼は何を考えてるか分からなくて怖いって嫌われがちだったけど、私は逆にそれが落ち着くから好きで。
忘れるわけ、ないじゃん。こんな花なんて残さなくたって。忘れないよ、私。
そうじゃなきゃ、彼がいなくなってこんなに寂しいはずないもの。
数年後、魔王討伐の勇者パーティーが結成されたとの報が王都から届いた。
そのパーティーの勇者は、彼だった。
新聞の一面で相変わらずの仏頂面の彼。
新聞では“クールな勇者”として紹介されていた。
私は少し笑った。あれはクールなんて呼べるものでもないだろうに。
勇者パーティーの活躍は連日報じられ、こんな辺境の村でも彼の活躍を知らぬ者はいなかった。
嫌われがちだった彼は、今や期待の勇者様だ。
また新聞の一面に載っている彼を見て、ふと思う。
彼はどうして私に「忘れないで」なんて花を残したのか。
今なら彼の旅立ちの理由は分かる。勇者として魔王と戦うための修行に出たのだろう。でも、なんで、それを私に伝えずに、花だけ残したのか。
目を閉じて、記憶の中の彼を思い出してみる。
背の高い彼の顔をいつも私は見上げてて、上から私を見下げる彼の顔は仏頂面なのに全然怖くなくって。それはきっと、彼が私に心を許してくれてたからなんだろう。彼と過ごす日々は穏やかで、あたたかかった。
新聞の一面を飾る華々しい勇者様じゃない、不器用で本当はあたたかい彼を、私は覚えてる。
写真の中の彼に語りかける。
「大丈夫、きみのこと、ちゃんと覚えてるから」
届かない呟きは空に溶けて消える。
記憶の勿忘草が、ふわりと風に揺れた。
2/2/2026, 12:57:36 PM