時雨

Open App

風に乗って
玄関を開け外に出てみる。
その瞬間、目を通じて入ってくる光景がある。
電車やバスなどの交通の音。
人の話し声や歩く音。
鳥のさえずりや羽を広げ飛び立つ鳥の音。
マンションを出てビル街を抜けるとそこには見慣れた商店街が立ち並ぶ場所にでる。
この場所には特に思い入れがないが何故か通る度に足が向いてしまうのだ。
その原因は、、、
店内に漂う食欲をそそるようなニンニクの香りと黄色い油の中にジュワと音を立てながら入れられるお肉の塊。
さらに言えば、塩、醤油などの調味料を手際よくかけ白い器にトッピングしていく店主の手捌きにはいつも目を奪われてしまう程だ。
「おっ!今日は珍しく来たんさかいな、、最近は見かけなくて心配しとったんや」と気さくに声をかけてくれた店主の声に我に返った。
「今日は用事があってたまたま通り掛かっただけですよ、、」
「でも、残念ながらあいにく現金がなくてカードならあるんですけどね、、、」と苦笑いを浮かべる。
学生の頃は、いわゆる部活少年で食べ盛りな頃だった為に家のご飯では満足できず、母親には隠れて毎日このお店に通っては店主と雑談しながら唐揚げをほうばっていたのもいい思い出だった。
だが、新社会人になった俺は環境に適応するのに精一杯で商店街に足を運ぶのも少なくなっていった。
そんな俺は、あの味が忘れられなくて出来るだけ店主に会いに行ける様に時間を調整して行こうと頑張ってはいたのだが、その努力も虚しく、いつも閉店していたり定休日だったりと運が悪く買うことが出来なかった。
そんな俺に更に追い打ちをかけるように、今朝電話で上司から今年の秋頃に他の部署への異動が決まったと言われたばかりだった。
異動が決まればこの店に来るのはほんとに次の休みが最後になると思いわざわざ有給を利用して来たのだが現金払いなのをすっかり忘れていたのだ。
「ほんとにこうゆうとこなんだろな、、つくずく俺にガッカリする。今日こそは買おうと思っていたのに、、」
とガックリ肩を落とす姿を見かねた店主はある質問を投げかけてきた。
「君の大事な物は現金で買えるものなのか?」と
一瞬頭がフリーズするが俺は直ぐに答えられた。
「世の中には現金で買えないものはないと聞きます。」
その答えに店主は一瞬眉をひそめるが「そうか」と頷き袋に入った唐揚げのパックを差し出してきた。
いつもの俺だったらすぐ受け取るのだが、俺の決意は変わらなかった。
「俺、もうすぐ転勤するんです。
だから、最後に稼いだ自分のお金で買いたくて。」
それから俺の今の現状と俺なりの最後の決意を伝えた後の店主は数秒下を向きながら言葉を探しているようだった。
突然の事で動揺してるがまあ、無理もないだろう。
俺は、店主の言葉を待った。
その数分後、店主は重い口を開き「この商店街は今年の秋に閉店になる。このお店も別の場所に移転になるが俺はこの街のこの商店街だから続けてこれた。だから今日で店じまいをする。」と言葉を続けた。
更に「俺の寿命はもう長くない、、医者にもこのお店を一人で数年続けてこれたのが奇跡だと言いやがる。余計なお世話だよな、、ははっ。」
覚悟はしてた。
だが、いざ店主から聞く閉店の言葉と命の儚さを知る言葉の重みは改めて心に強い不甲斐なさを残していった。

これも神様のいたずらだと思いたい。
だが、現実はそう、、、
本の小説や漫画みたいな展開は起こらないのだと社会を生きている人達やこの身をもって嫌ほど分かっていた。

俺は言葉よりも先に足が動いていた。
店主が止める間もなくコンビニに駆け込みありったけの金を下ろし戻ってきて差し出した。
「この金で店主自慢の最高の唐揚げを俺に作ってくれと」
店主は「おう、、、」と笑い震える手で準備に取り掛かっていく。

その間の話は数年の隙間を埋めるほど濃く、熱く時が流れていった。


あれから数年後、俺には大切な部下や妻が出来た。
その報告を店主に会って話すことすら二度と出来なくなったが今でも店主の言葉が人生の強さを教えてくれる活力になった事には間違いない。
でも社会で学ぶことも沢山あった。
そのひとつに悲しいことと嬉しいことは
紙一重だと言うことも。
今日は妻の誕生日だ。
妻は俺が作る特性の唐揚げが大好きである。
なんでも今は亡き親父の味に似てるのだとか?
これもあの店主がいたずらで仕組んだ風の噂に乗ってきてるのかと思うとあの出会いも悪くないなと感じる。

「ただいま」と玄関を開ける。
「おかえり」と愛しの妻が迎えに来てくれる。
「あら?今日はいつもよりもご機嫌ね。」
「まあ、少し嬉しいこともあったからな。」
「ま〜た、商店街の話?貴方も飽きないわね。」
「そりゃ地元の事業に関わる事がやっと出来るからな! 気合い入れないとライバルに抜かれるのだけは阻止しないと。」
「まあ、貴方が企業から認められたって事には変わりないし頑張ってみたら?」
「そのつもり」と妻の額に愛を落とし
一緒に食事を取った。

この幸せもいつまで続くか分からないがいつか向こうに呼ばれた時のお土産として取っておこうと思う。

店主に言われた現金では到底買えず、測れない。
幸せという名のプレミヤムなカードを持って。

4/29/2026, 1:47:42 PM