何事も捗らぬ日は存在する。綴ろうと持った万年筆の先が乾くのではないか、と思うほどの時間を、西院曜介は御膳の前で座して過ごしている。外は生ぬるい曇天、原稿用紙に一割だけ埋まる重々しい筆致は深く突き抜ける青。
意識を置かねば閉じた唇から自動で吐き出されるであろう嘆息を飲むのは幾度目か。特段、急く必要はない。担当と打ち合わせ設定した締切は当分先、執筆に必要な資料やメモは傍らで開かれる時を待つようにも見える。
息抜きではないが、こぢんまりとした四畳半の窓辺から空を軽く見上げる藤色の存在を見とめる。鮮やかな着物を纏い膝を折って畳に座っている、ように見えて握り拳一つ分浮いてる存在は、風無しで靡かせる長い藤色の髪の向こうで薄い吐息を吐く。
視線に気付いたのか、それは振り向き微笑一つ。
「見てください、曜介さん」
何を、とは問わず沈黙で続きを促す。
「今日の空は曜介さんのようです」
「……そうか」
【今日の心模様/隠居気味作家と藤花の精】
4/24/2023, 9:48:14 AM