六華

Open App

『またね』

一匹の迷い犬
昼間あらわれて
夕方どこかにいなくなる
次の日も また次の日も
そのうち毎日やってくるようになりました

わたしはその犬に名前をつけました
今日は庭に姿が見えないなぁという日も
大きな声で名前を呼ぶと
はるか遠くからダダダダッと
ダッシュで走ってきて
私の足元すれすれに急ブレーキ
言葉は話せなくても
その顔はまぎれもなく
「呼んだ?」の顔です
はい まちがいなく呼びました

わたしはその犬とおしゃべりするようになりました
ちょっと前のめりですが
ちゃんとわかってくれてる気がしました
夕方の空はとても美しい
日が沈みはじめると
しっぽを大きくふって
またどこかにいなくなります

わたしは その背中と大きくふったしっぽを
見送ることをやめました
庭に犬小屋を作りました
くさりでつなぐことはしません
わたしとその犬の関係は今まで通り
昼間たくさん遊んで
夕方大きくしっぽをふって一日が終わります
帰る場所が変わっただけ

そんなある日
いつもの元気がありません
わたしははじめて動物病院に行きました
病院で教わったとおり
口を開けて一粒薬を入れる
口を閉じて上を向かせる
鼻にふっと息をかける
口の中を確認する
大きくしっぽをふって小屋に帰る
それがわたしたちの一日の終わりに変わりました

そう そうしていれば大丈夫
そう信じていたのに
とある夜 ヨロヨロとわたしのところに
歩みよってきました
『〇〇(犬の名前)またね』
あたまをなでてあげると
小さくしっぽをふり小屋にもどりました

どんなに遠くてもあらわれてくれたのに
もう名前を呼んでもあらわれません
わたしのいちばんきらいな言葉を告げるために
最後の力を全部使っちゃったんだ
犬小屋の中を見ると
すみっこに たくさんの白い粒

大きくしっぽをふる後ろ姿を思い出しながら
わたしは泣いて笑いました

8/7/2025, 3:00:34 AM