お題『岐路』
主様のバイオリンとミヤジさんのチェロの二重奏に耳を傾けながら、主様の将来について思いを巡らせた。
主様はまだ八歳だというのに、ミヤジさんに習ってバイオリンもピアノも弾ける。
バレエができるのはフルーレの指導があってのことだし、アモンに教わってお花を上手に活けられる。
まだまだ自分本位なところもあるけれど、マナー担当のベリアンさんから学び、立派なレディの道を歩まれて、貴族の集まる社交界デビューももしかしたら間近かもしれない。
俺は担当執事として、主様に何かして差し上げられているだろうか……うーん、俺なんか何もできてないな……。
静かに凹んでいると、二重奏は突然不協和音を響かせ、キィと金切り声を上げてバイオリンが鳴き止んだ。
「フェネス、ちっともきいてないでしょ!」
バイオリンさながら、主様も癇癪を起こしている。
「あのね、フェネスにきいてもらいたくて、ミヤジとたくさんれんしゅうしたの。なのにきいてくれないなんてシツレイじゃない?」
頬を膨らませている主様に、ミヤジさんが「いけないよ、主様」と諭している。
「フェネスくんもたくさん働いているから疲れているのかもしれないね。疲れている人には思いやりが大事だよ」
少し考えて、形のいい眉が八の字に開いた。
「ごめんなさい、フェネス……わたし……」
「俺の方こそすみませんでした。少し考えごとをしていました」
ミヤジさんは、ふむ、と呟く。
「どうしたんだい? フェネスくん」
「いえ……あの、俺って主様に本当に何もできていないなって。主様は何でもできるようになっていくのに、俺は不要な存在なのかもしれない……と思って……」
俺の言葉に、ふたりは顔を見合わせた。
「ほら、主様。将来の夢をフェネスくんに教えてあげなさい」
「……えー、でもぉー」
言い淀む主様は、だけど俺の顔にチラチラと視線を投げかける。
「それとも私がいない方が話しやすいかな?」
俺とミヤジさんを見比べて少し考えてから主様は首を横に振った。
「あのね、フェネスみたいに本をいっぱいよんで、しょうらいはがくしゃさんになりたいの」
スカートを両手で握りしめながら口を開いた主様の言葉を受けて、ほらね、とミヤジさんが頬を緩めた。
「確かに主様は他の執事たちからいろいろ学んで吸収していっている。だけど一番身近な人の影響に優るものはないんだよ」
俺なんかが主様の人生の帰路に影響をしているなんて。
「え……と、光栄です」
本を読むことぐらいしか取り柄がないと思っていたけどそれは無駄なことじゃなかったと知って、心の底からほわほわと幸福感が訪れた。
6/8/2023, 11:03:04 AM