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今思えば、私はひどく、疲れていたのかもしれない。

理由はよくある話だ。就職氷河期の中、やっと内定を得た会社に就職するために上京したのが2年前。拾ってもらったからには、と私なりに頑張っていたが、同期に比べて成績ふるわず、リストラ社員として肩を叩かれたのが1ヶ月前。
それからは、実家に戻り、再就職先を探す日々。
まだ若い両親は、「リコちゃんなら、すぐ見つかるわ。」なんて気遣ってくれていた。それでも甘えていられないとハローワークに通い詰めるものの、書類で不合格、不合格。
どうせ私なんて社会から必要とされていないんだ、なんて思いも芽生え始めていた。
そんなある日、思い出したかのように、ふらりとハローワークへ向かうバスを降り、訪れてしまった。
5年前に廃校になった母校の中学校に。

久しぶりの中学校は、思ったよりも綺麗だった。ただ、記憶よりも、全体的に生気を失ったように小さく色褪せて見える。校門は緑色に錆びてもなお、生徒を守る役割を果たすように、硬く閉ざされていた。思い切ってよじ登り、校内に侵入した。
毎日のように通っていた見慣れた景色は、何年も経つと、知らない景色のようだった。校庭の大きなイチョウの木も、サッカーゴールも、私を忘れてよそよそしかった。
ゆっくりと、昔登校していたように、歩いてみる。
下駄箱、保健室前の廊下、大きな窓のある階段、そして、教室へ。
歩くたびに埃が舞って、鼻の奥がツンと痒くなる。けれど、気にせずまっすぐ歩いた。

3-B。
中学生活最後の1年を過ごした教室だ。ガラリと戸をスライドさせる。
机は綺麗に並べられたままだった。
私の席、窓側2列目の前から3番目に座る。そして、ここから見ていた景色を思い返す。

中学時代。正直言って、私は輝いていた。頭もよく、明るく、友達も多い。
どこらが、世間一般で見れば、そうではないのだと高校に進学して思い知った。私は所詮、田舎の中学校という狭い井戸で驕っていた蛙に過ぎなかったのだ。

そういえば、当時机に将来の夢を書いた気がする。
当時の自分がどんな大それた夢を見ていたのか、馬鹿にしてやろうと、机を見る。
お目当ての落書きは既になかった。しかし、コンパスで彫られた別の落書きに気づいた。

「ずっと友達! リコ ナツ レイナ アン」

馬鹿だなぁ、と思った。このメッセージを共に書いた誰の連絡先も今は知らない。
でも、素直に一生友達でいられると信じていた、当時の自分を愛おしくも思えた。
馬鹿だけど、愛おしい。中学生の私だけではない。思い返せば、高校に進学して能力の限界を知ってなお努力した私も、大学でぐずぐずの失恋して立ち上がった私も、就職が上手くいかずとも足を動かし続けた私も。
そして、きっと今の私も。

窓を見れば、空は薄いオレンジに染まりかけていた。そろそろ日が暮れてしまう。机の彫り跡をするりと撫で、教室を出た。
行きとは違って、どこか軽い足取りで、校門へ向かった。ふと、誰かに名前を呼ばれた気がして、振り返る。
誰もいない校庭の真ん中にイチョウの木がポツンとあった。
風でさざめくイチョウの葉っぱは、「またいつでも帰っておいで」、そう言って手を振っているように見えた。

10/7/2024, 11:18:12 AM