思いきり、変顔をしてみる。
当然、目の前の自分も変顔になる。
もし「向こう側」に「もう一人の私」がいたら。
彼女はちょっと、いや──かなり不憫である。
こんな私と表裏一体になったせいで、馬鹿馬鹿しいことを強制される羽目になっているのだから。……SF的存在に同情するというのも、かなり馬鹿馬鹿しいけれど。
鏡というのは、ずいぶん魅力的な代物だ。
気合を入れてフルメイクした時も、寝起きの絶望的なコンディションの時も、等しく「私」を映してくれる。
プリクラとか、『盛れる』写真加工アプリとかみたいに、こちらの精神に気を遣ってくれることは一切ない、そんな小憎たらしいところも好きだ。
「──お客様、そろそろお時間になります」
わかりました、と小さく返答し、私はカーテンを捲る。
205×年、前代未聞の法案が可決された。
鏡の売買及び使用の、禁止と規制。
自分の顔に絶望した者たち。
彼ら彼女らが選ぶのは、明るい未来ではなかった。
苦しい道を自ら歩む人々が、この国は多すぎた。
そんな時代で、時おり有料サービスの鏡施設を訪れては ありのままの自分を確認する私。まるで別の生き物を見るかのように、誰もが私に奇妙な視線を送る。
カーテンを潜(くぐ)り抜ける瞬間、ふと振り返る。
目の前に映る、「向こう側」の「もう一人の私」。
みんなは知らない。今やもう、知ろうともしない。
佇む「彼女」は、私と同じ間抜け面をやめていた。
まるで私に死ねと暗示しているかのように。
お前はルッキズムの敗者なのだと罵るかのように。
(……何度見ても、私って可愛くないんだな)
真に鏡に囚われているのは、「彼女」じゃない──
そんな私の絶望を察知したのだろうか。
鏡の中の自分が、ニタリとほくそ笑んだ。
2024/11/03【鏡の中の自分】
11/4/2024, 2:14:27 AM