寿ん

Open App


「たそがれ」


朝からぼうっとしていた。頭がゆらゆらで、水道水に触れると変にあったかいような冷たいような感じがした。
どうして今日に限って、あの人の授業が午後なんだ。それまで耐えないといけないじゃないか。
文句が浮かんでも、心は変わらない。私を動かすのはいつだってそうーー……。

すでに脳みそががんがんに揺れていて、身体が鉄骨みたいに重かった。ストーブの上で温めたような血が全身を巡るせいで、もう秋なのに暑かった。なのに容赦なく吹く風のせいで、寒気が背筋を駆けのぼった。
ようやく帰れると思った放課後、委員会に呼ばれた。会議室へ向かう階段の踊り場に、あの人が立っていた。
2階に吹き抜けのその空間はオレンジ色に染まっていた。その人は窓の外にいる生徒と話しているらしい。いつもの調子で明るい声で、ふと、上ってきた私に気がついた。
「おお、福井」
さよならと会釈をして顔を上げたとき、その瞳に捕えられた。

「きれい」

茶色い目が、長いまつげが、めがねのレンズが、たそがれ。
「……せんせい」
口が勝手に動いていた。
「好きですか、それとも嫌いですか」
とたん、足ががくんと折れた。リュックサックの重さに、身体が後ろに傾く。
先生の困惑した表情が一気に青ざめたのがわかった。手が伸びてきた。届かなかった。
視界がぐるんと上に回って高い天井が見えたあと、私の意識は途絶えた。



                  『彼女と先生』

10/2/2024, 1:16:44 AM