「さよならは言わないで」
私は、息子を残し交通事故で死んでしまった。
死んでしまったはずなのに私は今、我が家の寝室にいる。
時刻は朝の7時。睡眠中だったのかな?
「いや、私は死んだはず」そう、思いながら生きていることに、安堵した。しかし、その安堵はすぐに消えた。
ベッドの隣りにある机に手紙が置いてあった。
「小松 花恵様へ
今、死んだのに!と驚いているところだと思います。
生き返ったわけではありません。この時間は、全ての死者に与えられる、最後の時間です。家でくつろぐもよし、大切な人と時を過ごすもよし、時間は好きに使ってください。時間は2時間です。【注意事項】この時間は、貴方は生きている世界線になっています。パラレルワールドと思っていただいたらいいかと。死んだことを明かしてはなりません。
死神法の決まりです。最後に、この時間は、終われば無かったことになりますが、言葉は、対象者の記憶に残ります。
誰かに伝えたいことがあれば、ぜひ。 死神委員会より」
この名前、たしかに私だ。嘘だと思ったが、三途の川を渡っているときに、たしかに、似た説明があったような気がする。天は自由かと思ったが、意外と手続きがあるのだ。この手紙を見て私は嬉しくなかった。我が子と2時間しかいられないなんて。でも、こんな時間があるだけ幸せなことじゃないと私は自分の心に言い聞かせた。そんなことを考えてる暇は無いと、私は息子の顔を見ようと寝室から出た、すると、眠そうな、不機嫌そうな顔をする私の息子、健一がいた。「母さん、ご飯作って〜」そうか、学校か。健一は高校2年生だ。勉強はいまいちだが、運動神経は抜群でバスケ部で大活躍している。親バカかな?
私は、健一の顔を見て、声を聞いて、涙が溢れそうになった。あんたが大人になる姿を見届けたかった。でも、泣きたくない。この世界線は無かったことになる。しかし、言葉は記憶に残る。あの子の記憶に泣き顔も泣き言も残したくない。だから、私は生前のように振る舞った。
「はいはい、今作るよ」・・・・・・「お、今日は俺の好きなチーズ卵焼きだ!弁当にも入れといてね」
「もちろんよ!」本当にこの子は優しくて、元気な子だ。
私の作る弁当を毎日、楽しみにしてくれる。
「明日もチーズ卵焼きよろしくね!」この言葉を聞いて、胸が張り裂けそうになった。「うん!」でも私は、明日が来るかのような声で答えた。時間が経ち、健一が家を出ようとする。あと、3分で2時間が経つ。
「じゃあ、行ってくるね」 「ちょっと待って!」
最後に健一に別れの挨拶をしよう。
「今日も部活、頑張ってね。でも、体は壊さないように。勉強にも部活のときのような集中力をそそぎなさい」
「わかってるっつーの」
不機嫌そうで不機嫌ではない声で答える。私は話を続ける。「これからも辛いことがあるだろうけど逃げずに向き合いなさい。でも、それでもだめだったら逃げなさい。自分の信じた道にまた戻ればいい。母さんはあんたの味方なんだからね」、、「なんだよそれ笑」
言いたいことは全て言いきった。もう、これ以上はいえない。もっと、一緒にいたかった。話したかった。あの子の将来を見届けたかった。こんなことを言ってしまいそうで怖かったから。やっぱり悲しい。それでも私は最後の時間をそれなりに過ごせた。親は最後まで親でありたいのだ。
あの子の将来に私がいなくても、言葉が生きてくれていればいい。それだけでいい。最後に、さよならは言わず、健一を見送った。これから会えないのに、さよならなんて言えない。 END
12/3/2023, 12:02:34 PM