懐かしい匂いはもうしなくって、血の臭いだけがした。あと、微かに硝煙の臭い。
身体の損壊の凄惨さとは裏腹に、彼の顔は酷く穏やかだった。まるで総て終わったと言いたげな。満ち足りているかのような。
どうして、そんなに満足げな表情をしているの、あなたは……あなたはまだ、志半ばで、したいことだって、たくさん、たくさんあったでしょう?
問うても返事は返ってこない。ぼろ布のような彼の衣服が一点濃ゆくなった。また一点。ぽたり、ぽたり。拭っても、拭っても、溢れてくるものはひっこまなかった。
多くの死体が並べている道路の傍で、死体を運搬していた作業員が一息ついていた。彼はおや、と言って、彼の亡骸を指差す。
「この兄ちゃん、苦しそうな顔して事切れとったのに、なんや、穏やかな顔しとるやんけ」
最後にあんたに会えたからやな、彼は私の肩をポンと優しく叩いた。
君に会いたくて、戻って来たんだ。
彼がそう言っているような気がした。もう生きてはいないのだけれど。それでも、最後に会えた。会えたのだから。私の無事を確認して、安堵したのだろう。そう思いたい。信じたい。
彼の顔の泥を払って優しく頬を撫でる。涙が止まらなくなって、やがてはそれは慟哭になった。
1/19/2024, 1:36:58 PM