【たそがれ】
シャランと響く鈴の音が、僕の耳を打つ。沈んだはずの太陽が、空の一番低いところを赤く染める時間帯。淡い影が地面に長く伸びている。
友達に声をかけられて、後ろを振り返った。その瞬間目の前に現れた黒々とした化け物は、僕の前に立つ狐面の人影の手で既に地へと倒れ伏していた。
「いけないよ、異形の声に応じたら」
涼やかな声だった。シャラン、シャラン。狐面の男の歩みに合わせて、鈴の音が凛と反響する。
「黄昏どきは境界が緩むんだ。声に応じれば容易に怪異の領域へと引き摺り込まれてしまう」
たそがれ。聞き馴染みのない言葉を、口の中で転がした。男の手が僕の肩へと触れる。促すようにトンっと、彼は軽く僕の肩を叩いた。
「さあ、わかったらもう帰りなさい。黄昏には気をつけて」
一つ瞬きをした刹那、僕は通学路に立ち尽くしていた。あの化け物の骸も、狐面の男の姿も、どこにもない。まるで幻でも見ていたみたいだ。
気がつけば空はすっかりと夜の闇に覆われ、たそがれは終わりを告げていた。
10/1/2023, 9:51:38 PM