星になる

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空が暗いので警戒していたが、いざ降り出してみると僕は何もできなかった。
できたことと言えば、口を緩ませ、ふにゃふにゃの声で「あ〜……」とうなる。たったそれだけ。ただのへんなやつだ。

雨を吸い込み、みるみる色を落ち込ませていく道を見る。僕の足はそれを踏んだ。
拍子に、靴の先から水滴がピッ。飛び出した。

歩く。ピッ。飛び出す。
また歩く。ピッ。やはり飛び出す。

僕はなんとなく“こんなだから人間の友人がいないのだ”と悟った。

それでも結局、僕は自分の足元を見つめたまま自宅まで来てしまった。
顔を上げ、屋根まで見上げ、ドアに顔を戻す。僕はふーっと息を吐いた。

よし。
ぐっと踏み込んだ直後、僕はその場から弾き飛んだ。
玄関口の短い階段を駆け上り、靴音をよく鳴らす。
ドアの目前に近づくと、手のひらを取っ手に縋り付かせた。勢いよくそれを引く。

「母さん!すごい雨に降られた!」

母はすぐ、そこの台所の壁のところからひょこっと顔を出した。
そして、ずぶ濡れの僕に目を丸くする。
それから、少し楽しげに、爛々と目を輝かせた。

「あらまあ、ほんとに酷いありさまね。
そこで待ってて、タオルを持ってきますから」

振り向きざま、チラリと見えた母の尻尾は、興奮した振り子のように揺れている。
僕の心から、どこからともなく得体の知れない温もりが入り込んできた。

辺りを見回す。髪の先からポタポタ水滴が落ちた。
その他には、金色に輝く優しい我が家が見える。
テレビを囲む、使い古された一人がけのソファとブロック型のソファ。
その下にはオレンジ色のシンプルなラグ。
大好きだ。すうーっと息を吸い込むと、シナモンの甘い香りが胸を満たす。
今、僕の心に居座る温もりの正体は“懐かしさ”に違いない。それでもまだ得体が知れなかったが、なんだか僕はスッキリとした。

そのとき、母がパタパタ小走りで現れる。
料理の途中だったのか、エプロンを揺らしていた。その手には真白くフワフワなタオルが掛かっている。
僕は、母からタオルを受け取ると、すぐにそこへ顔を埋めた。すうーっとまた息を吸い込むと、りんごの香りが優しくくゆる。

僕は顔を上げ、そのりんごタオルを使って髪やら肩やらをポンポン拭いた。
母もタオルの端々を掴み、拭くのを手伝ってくれる。

「……何歳になっても、世話が焼ける子ね」

そういう母は、どことなく嬉しそうだ。
僕は聞こえていないフリをした。

それから、びしょ濡れの服から解放され、シャワーを浴びる事になる。
母の手際のおかげで、張り付いていた衣服はもの凄い勢いで脱ぎ捨てられていき、気がついた頃にはもう僕は湯船にいた。

一体どれくらい浸かっていたのかよく覚えていないが、身体中がほかほかに暑く、手はりんごのように赤かったので僕は立ち上がった。
すると、リビングの方から誰かの声が聞こえてくる。

「おーいトリエル!雨宿りさせてくれ!」

野太い女性の声がワンワン響きわたった。
誰が家に上がったのか、僕はもう一瞬で考えつく。
僕はすぐに風呂場から上がり、体を手早く拭いて、リビングに向かった。

「アンダイン」
「ん?あ、よおフリスク!外は凄い雨だな!」

彼女はニカッと笑う。ふと、僕は彼女が影に隠しているもうひとりに気がついた。
覗き込むようにして上体を伸ばせば、その影はビクリと動き出す。

「……アルフィー」
「っあ、ふ、フリスク、こんばんわ。
わ、私もついでに雨宿りし、したくて……」
「そうなんだ!というか、それが本題だ!
私たちふたりで歩いているところに、こんな雨が降ってきてな。私はともかく、アルフィーはたまったものじゃない!」

アンダインの黒いタンクトップは、これでもかという程水を吸っているし、髪だって毛先の全てが肌にべったり貼り付いている。
対照的にアルフィーはそこまで濡れていない。
眼鏡に水滴がポツポツ滴り、肌が濡れててらりと光っているくらいだ。
アンダインが庇ってきたのだろう。

事情を聞いてちょうど、母がパタパタやって来た。
またりんごタオルを手に掛けて。


それから、ふたりは別々にシャワーにいって、別々にあがってきた。
服は母のものを着たようだが、ふたりとも物の見事にサイズオーバーである。
あがるや否や、ふたりとも窓の方をチラリと見る。
まだザアザア降りなのを確認すると、申し訳なさそうに僕と母を見た。
母は迷いなく「ここにいていいわ、その代わりふたりとも、夕飯を一緒に食べましょうよ」と言う。
アンダインとアルフィーは顔を見合わせて、目をパチクリ瞬かせる。
そしてもう一度母を見ると、ふたり同時に強く頷いた。

「うわぁ、トリエルってホントにいい人だよ……!」
「この借りはいつか返さなきゃな!」
「そ、そうね、と、トリエル。機械のことでなにか困ったらいつでも言って!」

母は幸せそうに笑う。

「ふふ、借りだなんて。いいのよそんな。
でもそうね。困ったときは、必ずふたりに相談するわ」
「ああ!そうこなくっちゃな!」

会話はそれきりで終わった。
母はまたキッチンに戻って行った。
アンダインは夕飯の用意を手伝おうとしたが、アルフィーが全力で止めてくれた。
今は、ふたりそろって脱衣所にいる。僕が提案したのだ。
彼女たちは自分たちが使ったタオルと、濡れた衣服を洗っている。
アンダインが得意の力強さでギュウッと絞り、カラカラになったのをアルフィーが洗濯機に入れ、操作した。

僕は母のところへ向かい、もう少しで出来そうなのを確認する。食器棚から必要な食器を取り出して、人数分クロステーブルにコトコト置いていった。
そのとき、突然ドアが強くノックされる。
母と僕は顔を見合せ、言葉もなく僕が行くことになった。

ドアのカギを開けると、その瞬間取っ手が引かれて見慣れた顔がグイッと近づく。

「フリスクッ!突然ごめん、雨宿りさせて!」


パピルスのためにタオルを持ってこようと、脱衣所に再び赴いた。
洗濯機を魔女の大釜みたく操るアルフィーが顔を上げ「あ、どうしたの?フリスク」と問いかける。

僕はパピルスも来たことを伝えた。

「なに、パピルスも!?」

力の限りタオルを絞り込みながら、アンダインは叫ぶ。
最後のタオルみたいだった。

「ハハ!み、み〜んな集まっちゃいそうだね」
「ウーン。案外なくはないかもな!だってパピルスが来たってことは、どうせサンズも来るだろう!」
「ハハハ!い、言えてる!」


タオルを手渡すと、パピルスはぐしょぐしょの顔の中でさらに感動の涙を浮かべた。

「ありがとうフリスク!この恩は一生かけても必ず返すぞ!」

言うが早いか、僕にハグしようとしたが、ギリギリで思いとどまる。
腕を広げ、自分のびしょ濡れ具合をよーく確認した。

「……どのみち、今は返せそうにないみたいだけど!」

僕は、そのままそこに立って、パピルスの濡れた装いを次々腕に抱えていく。
手袋、上着、スカーフ。
彼は自分でテキパキ体を拭いていく。

やがて、家に上がっても大丈夫そうなくらいになると、僕はパピルスを脱衣所……つまりその先のバスルームに案内した。

「シャワーも貸してくれるなんて……やっぱりニンゲンの腹は太いよ!オレさまも見習わね、ば……!?」

脱衣所に屯しているアンダインとアルフィーに、パピルスは動きを止める。

絵に描いたような愕然。
アンダインが先に口を開いた。

「パピルス!久しぶりだな、元気だったか?いや、元気じゃないと許せない……ロイヤルガードの元隊員たるもの、いつでも元気いっぱいでなければ……!「お、押さないでアルフィー博士!コケる!コケる!」アルっち!まだ話のとチューだろ!?」

アルフィーはパピルスの背中を押して、バスルームに押し込む。
そして、バスルームのドアをピッタリ閉めた。

「……そ、そんなこと言ってる間に、パピルスの体が冷えちゃうよ」


パピルスは、風呂場でシャツやらズボンを絞ったらしい。
アルフィーとアンダインは既に乾いたそれをもらって、洗濯物に追加した。

それから僕は、パピルスを連れて食器出しや、母の料理を食器によそる手伝いをする。
コップにはお茶を注いだ。
底の深い皿から、シチューが湯気をたてている。
焼きたてのロールパンが更にポンと置かれて、スライスされたゆで卵ときゅうりでできたサラダもある。

パピルスと僕は、自らの手で盛り付けられた料理たちにお腹を鳴らした。
母は「実はシチュー、作りすぎちゃったのよ。だからちょうど良かったわ」と、言った。

アンダインとアルフィーを呼んできて、僕たちみんなが食卓につく。
アンダイン、パピルスは手をパンッと合わせ、元気に「いただきまーす!」と叫んだ。
その瞬間、またドアがノックされる。
アルフィーはニヤニヤ笑って「ほら来たわ」と言った。
母もアルフィーを見つめてニコリと笑う。
僕を見やって「まあ、ただのノックノックジョークかもしれないわ」と呟いた。

9/7/2025, 2:46:55 PM