永身未来

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「よし。今日はこれだけか。」
俺はそう独り言を言い、手に乗せられた金平糖のような、キラキラとした星の結晶を瓶に入れた。これは、今日俺が感じた喜びそのものだ。
俺は失情性症候群。感情の昂りによって感情と記憶が星の結晶となり、体外へ汗として排出される。汗が星の結晶となる様子から、星汗症ともいう。この失情性症候群は、その日感じた一番の感情や記憶が消えてしまう。どれだけ楽しい事を感じようが、どれだけ悲しい事を感じようが、それぞれ違う色の星の結晶となって体外へ排出されれば、たちまち忘れてしまう。有効的な治療法はない。
俺は、そんな病気を抱えている。だが、そんな俺でも愛してくれる人はいる。その日感じた喜びや楽しさが、結晶として俺の脳から離れていってしまうのは悲しいけれど、俺はその結晶を集め、日記のように瓶へと保管する。瓶一杯に集まれば、それだけ、俺の愛しい人は喜びをくれたという事。実際、俺の出す星の結晶は、暖かく、少し光っている。これは、喜びの証。きっとそう。だが、一つ、不思議な結晶がある。それは、其れ一つあれば部屋全体を難なく照らせるほどの光を発している。これを俺の愛しい人、太宰に聞いてみても、悲しそうに、だがどこか照れた様に誤魔化すのだ。俺は、不思議でならなくて、また今日も聞いてみた。
「なぁ太宰。」
『なぁに?中也。』
「これ、そろそろなんの思い出だったのか教えてくれよ。」
『えぇ?だって、その思い出を中也に言ったら、嬉しすぎてまた星になっちゃうんだもの。』
「いいから教えて来れよ!気になるじゃねぇか!!」
『うーん……また今度ね。』
「また其れかよぉ!!」
『あはは……』
太宰はずぅっとそう言った。本当に、なんの思い出だったのか。だが、その特別キラキラ光っている結晶が出てから、俺の出す星の結晶は何かと光輝いている。この特別光っている結晶は、俺の感情を左右する様な大事な思い出だったのだろう。今だって、なぜか胸がぽかぽかして、幸せだ。なぜこうなったのかわからないが、この思い出は、本当に大事な物なんだろう。俺は、今日も俺から出てしまった感情を瓶に詰める。いつか、この病気が治った時に、太宰に見せるために。俺は覚えていなくても、太宰と作った思い出や、太宰がくれた感情は、これだけ綺麗で美しい物だったのだと、言うために。証明するために。

そう、最期のページには書いてあった。中也自身、死期を悟っていたのか、ふりかえりの様な内容になっている。瓶に星を集め出した日から、まとめる様に。目の前が滲む。ポタポタと、机に涙が落ちる。私は日記を閉じ、宝箱の形を模した大きめの小物入れに戻した。そして、同じ箱に入っていた瓶を手に取った。瓶の中には、キラキラと美しく輝く、綺麗な星が沢山あった。
『……確かに、美しいね。私は中也に、これだけ綺麗な感情をあげていたのか。』
その瓶を、震える手で抱きしめる。瓶の中には、一際明るい光を放つ星がある。私は、中也との思い出を、一片も余す事なく知っている。覚えている。この光輝く星には、私と中也の結婚式の日が閉じ込められている。私にとっても、中也にとっても、大事な日。其れを、中也は覚えることができない。私が中也に告白をしたときも、プロポーズをしたときも、その日のことをサッパリ忘れてしまっている。どれも、その翌日に話して、抱きしめあった物だけど、この結婚式の日だけは、話せなかった。喉が詰まって、うまく話せなかった。あんなに嬉しくて、一生の思い出を、中也は覚えることができない。それが、どうしようも無く辛くて、悲しかった。純粋な中也の目が、未だ私の脳裏に焼き付いている。あの儚い綺麗な思い出と感情を、記録してこなかった自分が恨めしい。
ふと、小物入れに視線を向けると、まだ何か入っていた。メモだ。私は其れを見て、たまらず泣いた。声を上げて泣いた。中也の最期の温もりが、いなくなってしまったという現実を突きつけてくる。メモには、こう書かれてあった。
"どうせ見てるんだろ?太宰。愛してるぞ。"

10/24/2025, 12:11:11 PM