【注意】
以下の文章には、性的な無理強いや同意のない行為に関する描写、他者の無理解や社会の鈍感さに対する強い感情表現が含まれています。読むことで心の負担を感じる可能性がありますので、内容に抵抗がある方や、過去に似た体験で傷ついた経験がある方は、無理に読まずスキップしてください。
私の見た夢のことを書いてみる。
誰が読むのか、楽しめるのかも分からない。
まず前提として、私の夢は基本的に明晰夢であることが多く、目が覚めたときに内容を鮮明に覚えていることも多い。夢の中では、五感すべてがはっきりと存在している。
それは、悪夢だった。
夢の舞台は、小学校の教室だった。
私はスクリーンに映し出される映像を見ていた。
道徳か性教育の授業だと思う。
映像の中では、女性が恋人の男性に嫌そうな表情を浮かべているにもかかわらず、男性は構わず服を脱がせようとしていた。画面はそこで止まり、アナウンスが流れた。「こういったことを不合意といいます」と。
私は映像に強く感情移入していた。
映像の中の女性の「No」は明白で、無理強いされていることもはっきりしていた。しかし、教室の同級生たちはそれをただ教材として眺めるだけだった。
教師やクラスメイトたちの、その無感情さに、私は心の奥で怒りを覚え、落胆した。
夢の中の私はまだ子どもで、どうして誰も異常だと感じないのか、こんなに明白な、人の心を教育せねばならないほど、人は鈍感なのか。教師という立場の大人も含め、誰も何も感じていないのかと疑問に思った。
そして、この夢が示していたのは単に映像のことだけではなかった。
社会全体がこうした状況を教材として扱い、深く考えずに流してしまう構造そのものが恐ろしかった。
自分の感覚の鋭さ、明確な「No」の意思が、周囲には理解されず、無視され続けることの絶望が、夢を通じて表れていた。
自分の感覚が届かない世界。
鈍感な他者と無感覚な大人に囲まれた現実こそ、私にとっての悪夢だった。
この悪夢は、私が長年経験してきた他者の鈍感さ、無理解、そして社会の構造的な無関心が凝縮された象徴だった。
オチはない。
だって、これは私の見たただの夢だから。
たぶん、この夢の何が怖かったのかも、実際わかる人はあまりいないと思う。
題 こんな夢を見た
1/23/2026, 10:52:36 AM