匿名様

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「……ぇ、ねぇってば。起きて、こら」
ぼやけた聴覚に聞き慣れた声が入り込む。ぼすぼすと無遠慮に腹部を叩かれる。それを知覚すれば、微睡んでいた意識は徐々に声の主がいるところまで浮かび上がってきた。
今日は晴れ。僕を昼寝に誘った心地良い陽光を遮るように、きみは僕のそばで呆れ顔を浮かべていた。
「何してんの、こんなとこで。風邪ひくよ」
今日は暖かいから大丈夫だと適当な返事を返せば、きみは「そういう問題じゃない」と口を尖らせる。芝生に手をついてまだ眠気の残る身体を起こしては、誤魔化すようにくしゃくしゃと頭を撫でてやった。

「きみがいなくなった夢を見たんだ」
それはついさっき、きみが僕を叩き起すほんの少し前
までの話。
「どうだった?」
「きみがいないと、世界は僕にとって広すぎるってことに気が付いた」
なにそれ、と可笑しそうにきみは笑う。どうも詩的で恥ずかしい表現ではあるけれど、これはきっと紛れもない真実だった。
僕の目に映る世界は、きみと分け合うくらいが丁度いい。でないとどこもかしこも自分には不釣り合いに大きく、無駄に見えてしまうから。

「ね、それよりもさ、」
そんな僕の思いなど露知らず、僕を起こした理由から何気ない雑談に移行するきみの声に相槌を打ちながら立ち上がる。見慣れた日常と何も変わらなかった。先程のあれは本当にただの夢だったのだ、よかったと安堵の息をつくことが出来た。
だって空は目に焼き付くほどに覚えのある青色だし、雲は目で追うには緩やかすぎる速度で流れている。
風が吹いて足元の草葉を揺らした。きみは僕の一歩手前を歩き出していて、こちらを振り向いたその無邪気な安心感のある表情に「今行く」と告げる。
僕はふわふわと軽い足を一歩踏み出すと、いつも通りにきみの隣を歩くため、質量のない地面を蹴った。


【大地に寝転び、雲が流れる。目を閉じると浮かんできたのは】

5/4/2023, 5:36:13 PM