H₂O

Open App

安らかな瞳


その人はあまり笑わない人だった。華やかなドレスをまとい、みんなが羨むような人の婚約者になっても、その表情は崩れることなく、石のようだった。
僅かな表情の差異を見つけ、彼女の気持ちを読み取るのは決して簡単ではないが、それができるくらいには隣に長くいたはずだ。
だから、その日、初めて見たんだ。いつもは無感情なその瞳が、少しだけ柔らかく色付いて、穏やかになったのを。
その表情に気づくことができたのは、きっと自分しかいないだろう。すべてを許すような、そんな穏やかな瞳で、断頭台に立つ彼女と目があったような気がした。
「やっと、終わる……」
そう呟いた彼女の声は怒号にかき消され、誰の耳にも届かなかったけれど、たしかにそう言ったことだけはわかった。




3/14/2023, 1:42:42 PM