子供の頃、田舎のおばあちゃん家へ泊りがけで行った時の事だ。
その日は特にする事もなく、午後にはすっかり退屈していた。
暇を持て余した私は山の方へ行ってみる気になり、一人で外へ出る事にした。
裏手の田んぼに出ると、田んぼの向こうに山が見え、そちらの方向へぶらぶらと歩き始めた。
半分ほど来た所で、他所のお宅の庭に、一匹の柴犬がいた。
じっとこちらを見つめる様子に、私も見つめ返していると、ふいに犬の身体に神様が舞い降りてきて、こう言った。
「そちらに行ってはいけませんよ。もう暗くなる。お帰りなさい。」
驚いて、改めて犬を見ると、もう私への興味を失ったのか、丸まってそっぽを向いてしまった。
今起きた事に理解が追いつかず、でも帰った方がいいと言われて、山に未練があった私は、立ち尽くしたまま、しばらく山とおばあちゃん家を見比べていた。
すると、突然休んでいた犬が立ち上がり、私に向かって吠え始めた。私は慌てておばあちゃんの家へと走り出した。
おばあちゃんの家に戻ると、心配した母が待っていて、ひと気のない田舎道を一人で歩いてはいけないと注意された。
犬がいたから大丈夫だと、自分でもよく分からない言い訳をしながら、わざわざ神様が降りてこられたということは、あのまま山に行っていたら帰って来られなかったのではないかと、ぼんやり考えていた。
その後祖父母も亡くなり、もう何年もおばあちゃん家には行っていない。
またあの場所へ行ったら、ふらりと山に行きたくなるような気がしている。そして、今度は犬も神様も、引き止めてはくれないのかもしれない。
7/27/2024, 2:59:54 PM